甘い生活 (La dolce vita)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (73点)

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【あらすじ】 作家志望の夢破れて、今はしがないゴシップ記者のMarcello(Marcello Mastroianni)は、豪華なナイトクラブで富豪の娘Maddalena(Anouk Aimée)と出会い、安ホテルで一夜を明かす。ハリウッドのグラマー女優Sylvia(Anita Ekberg)を取材すれば、野外で狂騒し、トレビの泉で戯れる。乱痴気と頽廃に支配された街ローマ。口うるさく鬱陶しい腐れ縁の恋人Emma(Yvonne Furneaux)は、彼の言動を嘆く。二人で訪れた友人Steiner(Alain Cuny)一家の、知的で落ち着いた暮らしぶりをMarcelloは羨むが、彼らも子連れの無理心中で突如死んでしまい、絶望感のみが残った。1962年Academy賞で衣装部門を、カンヌ映画祭でグランプリを受賞。(作品の詳細はこちら


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無理矢理あらすじを書いたが、Fellini監督の作品には一環したストーリーがない。人の意識の流れに任せて、あっちへ飛んだりこっちへ戻ってきたり、全く脈絡のないシーンが突然割り込んできたりする。どっちに向かっているのか分からず、様々なエピソードが、ひたすらダラダラ続く。グラマラスな女性たち・喧騒・祭り・乱痴気騒ぎ・享楽・冷めた視線・ある種の無関心や虚無感…。Fellini監督の独壇場だが、この手の作品は苦手でダメだ。観終わったあと、強烈な何かが残るのは確かだが、掴みどころがないのです。


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宙吊りになったキリスト像がヘリコプターで運ばれる冒頭のシーンは、『グッバイ、レーニン!』のレーニン像を彷彿させたり、浜辺に打ち上げられた巨大なエイの顔が、『太陽がいっぱい』でAlain Delonが歩く海辺のメルカートの魚売り場にも登場するように、様々なシーンが後世の作品のヒントになっているではないか?


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De Sica監督の作品のMarcelloは、のびのびと自然体で楽しんでいるが、Fellini監督の時には、ちょっぴりかしこまっているようにみえる。これは私の勝手な推測に過ぎない。どちらにしても、ダメ男を演じている確率はとても高い。ダンディな外見なのに、付き合ってみるとほーんとにダメなんだから、この人って。でも放っておけないのよ。母性愛をくすぐる、そんなタイプの男性をMarcelloが演じると、最高だ。


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# by amore_spacey | 2017-10-13 00:12 | - Italian film | Comments(0)

昨日、今日、明日(Ieri oggi domani)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

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【あらすじ】 Sophia LorenとMarcello MastroianniがW主演で共演する、3話からなるオムニバス。第1話Adelinaはナポリを舞台に、妊娠中の女性は法を犯しても罪を免れられるため、夫Carmineに頑張らせて妊娠し続ける主人公を、第2話Annaはミラノを舞台に、富豪の有閑マダムと若い小説家の卵Renzoとの浮気の代償を、そして第3話Maraはローマを舞台に、美しい高級コールガールに思いを寄せる隣家の神学生Umbertoの顛末を描く。第37回アカデミー賞で外国語映画部門を受賞した。(作品の詳細はこちら


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Sophia LorenとMarcello MastroianniとVittorio De Sica監督の、ゴールデントリオが織り成す、コミカルな人生劇場。そこにどっしり根を張った、下町の女の逞(たくま)しさや強(したた)かさや厚い人情に、大笑いしたりほろりと涙したり、わがままな金持ちマダムの鼻持ちならない態度に辟易したり。一番面白かったのは、第1話のAdelinaでした。刑務所に入りたくないがため妊娠し続ける妻と、それに答える夫の大奮闘ぶり。7人の子どもと失業中の夫を支える貫禄あるSophiaと、ヨレヨレにくたびれた影の薄いMarcelloの夫婦が、コントのように対照的で可笑しい。

界隈の住人の野次馬根性っぷりや大らかさも、2人の暮らしの一端を支えている。夫婦の身辺に事件が起きるたびに、彼らは夫婦の家にどっと押し寄せて、大騒ぎ。コントのような夫婦だから、お祭り騒ぎのネタには事欠かない。傍から見ればすこぶるいい加減な夫婦だが、この2人は互いに心底惚れ合っている。強い夫婦愛によって、がっちりと結ばれているのだ。


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第2話は、あまり楽しくないエピソードだった。当時のイタリア映画音楽を一手に引き受けていた作曲家Armando Trovajoli)が、Sophiaたちの乗っている車が故障するシーンで、ちらっと登場する。


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第3話のMaraも愉快痛快。神に捧げる身でありながら、コールガールなんぞに思いを寄せる孫を見て、Maraに逆切れするUmbertoのばあちゃん(Tina Pica)。けれど孫を思うばあちゃんの涙にMaraは心を動かされ、「それじゃ、ここは、私が何とかしてみせますわ」と一肌脱いでみせる。そのとばっちりを受けるのが、常連客のAugusto(Marcello Mastroianni)だ。Maraの部屋にいそいそと訪れるが、いつも隣家の神学生絡みの騒動で、お預けを食ってしまう。


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さぁ、そのお楽しみが始まりますよ。軽い曲にあわせて、黒のストッキングをくるくると脱ぎ捨てるMara、それを子供ような仕草で嬉しそうに見つめるMarcelloのラストシーンは、まるで休憩時間にセットの片隅でふざけあっている様子を、隠しカメラで撮ったかのように自然で、2人の演技はもちろんのこと、彼らの魅力を最大限に引き出したDe Sica監督の手腕ならでは、の愛情に満ちたフィナーレだ。大柄なSophiaが、軽やかな身のこなしで踊ったり、愛する人をぎゅっと抱きしめたり、ここぞと言うときには一家の大黒柱になって踏ん張る。まことにゴージャスで可憐な女優でございます。


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# by amore_spacey | 2017-10-09 01:26 | Comments(2)

この世界の片隅に

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

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【あらすじ】 1944年広島。18歳のすずは、顔も見たことのない若者と結婚し、生まれ育った江波から20キロメートル離れた呉へとやって来る。それまで得意な絵を描いてばかりだった彼女は、一転して一家を支える主婦に。創意工夫を凝らしながら食糧難を乗り越え、毎日の食卓を作り出す。やがて戦争は激しくなり、日本海軍の要となっている呉はアメリカ軍によるすさまじい空襲にさらされ、数多くの軍艦が燃え上がり、町並みも破壊されていく。そんな状況でも懸命に生きていくすずだったが、ついに1945年8月を迎える。(作品の詳細はこちら


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広島に原爆が投下される前後の市民の日常生活を、カウントダウン式に追っていく。画面の一角に出る年月日があの日に近づくにつれ、「ああ、やめてェ」と思わずにはいられなかった。地獄の悲劇が待ち受けているのを知っているから、「広島から一刻も早く離れて!少しでも遠くへ逃げて!」 と、心の中で何度叫びたくなったことやら。


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私の祖父母や小学生だった両親は田舎に暮らしていたので、空襲の直接の被害は受けなかった。が、市街地の大空襲で家や家族や身体の一部を失った人々が、軒先に寝かせてくれないか?何か食べるものを…と、夜な夜なやってきた。家の電灯を布で覆ったり、白い壁を黒く塗ったりした。空襲警報が鳴るたびに、大事な家財を積んだ大八車を引いていき、人間は頭巾をかぶって防空壕に飛び込む、これの繰り返しだったという。小学校の校庭はさつまいも畑になり、家の中にある金銀鉄などは、武器生産のため供出した。赤紙(召集令状)が来れば、役場の兵事係や在郷軍人や村の人々に続き、婦人部は割烹着+もんぺにたすき掛けで、日の丸の旗を持って戦地に送り出した。祖父は満州やジャワ島へ、大叔父はサイパン島へ、それぞれ出兵。祖父は帰って来たが、大叔父は26歳の若さで散華した。


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物資がなくなり空襲の頻度が高まる中でも、人々はずっと防空壕に篭っていた訳ではなく、ご飯を食べ会社に行ったり畑へ農作業に行ったり、買い物をしたり洗濯したり、絵を描いたり歌ったり喧嘩したり、憲兵にスパイと間違われたことを家族で大笑いしたりして、ごく普通に暮らしていた。明日どんな悲劇が待ち受けているのか?なんて、誰も知らない。誰にも分からない。


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爆弾で晴美が一瞬にして消え、すずも右手を失う。そんな残酷で絶望的な状況になっても、それでも生きていかなくてはならない。何としてでも生き延びねば。戦争が終わったあとも、豊富な生活の知恵と持ち前の楽天的な性格で、すずは淡々と生きていく。一瞬で消えた晴美を思いつつ。命の重みや尊さは、計り知れない。この尊い命を、そうそう簡単に奪われてたまるものですか。

もう少し高い評価点をつけたかったのですが、絵柄(風景は素晴らしいけれど、人物の顔)が今一つ好きになれなくて…。


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# by amore_spacey | 2017-10-05 01:34 | Comments(0)

鞄を持った女 (La ragazza con la valigia)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 リミニのキャバレーで歌手として働く未亡人Aida(Claudia Cardinale)は、そこで知り合ったMarcello(Corrado Pani)を好きになるが、Marcelloは単なる遊びだった。彼の跡を追ったAidaは、パルマにある宮殿のような大邸宅にたどり着く。居留守を使ったMarcelloの代わりに、Aidaを出迎えた16歳の弟Lorenzo(Jacques Perrin)は、話をするうちに彼女の魅力に引き込まれ、愛するようになる。Lorenzoの気持ちを知ったAidaは、彼の将来のために身を引くことを決意するが…。(作品の詳細はこちら


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キャバレーの歌手と、資産家の生まれの青年。キャバレーの歌手は未亡人で、青年は16歳。普通に暮らしていたら、たぶん出会わなかった2人。LorenzoがAidaに抱いたのは、母親を慕うような気持ちで、決して大人の愛ではなかったと思う。兄に遊ばれて可哀相な人。Aidaと一緒に過ごすにつれ、情が移って思慕に変わり、「ボクが守ってやらなくちゃ」と背伸びを始める。誠実で真っ直ぐな愛情を注ぎ、何とかAidaを助けたいと思う。そこが可愛いというか、幼いというか、16歳の青年は、直情的で短絡的だ。だけど彼女のために良かれと思って、彼が最後にやったこと、あれはないわぁ。あんなことされちゃ、百年の恋もさめちゃう。Aidaを思う余りのこととは言え、結局やることは他の男達と変わらないじゃないか。でもこの苦い経験が、Lorenzoを成長させてくれるといいな。


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当時23歳のClaudia Cardinaleが、健康的な美しさに満ち溢れて、とてもまばゆい。無邪気で無防備で、野生的な美しさに溢れているさまは、まるで野原に咲いた大輪のひまわりのよう。困惑したときの幾分媚びたような目の動きなどは、当時の若者たちを悩殺したことでしょう。


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# by amore_spacey | 2017-10-01 00:26 | - Italian film | Comments(2)

アランドロン緊急入院&手術 (Alain Delon)

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Ici Parisによると、Alain Delonが入院し緊急手術を受けました。暫く前から背中から左足にかけて激痛が走り、歩くことすら出来なかったらしい。9月18日、5時間に渡る大腿動脈の手術。翌日リカバリールームに移り、翌々日は集中治療室へ。手術はうまくいき彼も元気ですが、担当医師からは退院許可がまだ出ていません。


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2014年に心臓不整脈で入院し、2016年2月には心臓専門医からドクターストップがかかり、ウィーンのオペラ座での舞台をキャンセルしています。


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元カノMireille Darcを3週間前に亡くし、Alainはすっかり弱気になり意気消沈。「これ以上生きていても、あまり意味がない。早く彼女のところに行きたい」と、インタビューに答えたそうです。(詳細はこちら


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# by amore_spacey | 2017-09-29 01:24 | Alain Delon | Comments(2)