タグ:Marcello Mastroianni ( 14 ) タグの人気記事

夜 (La notte)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (72点)

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【あらすじ】 1960年代のミラノ。ある日の午後、売れっ子作家Giovanni(Marcello Mastroianni)と妻Lidia(Jeanne Moreau)は、回復する見込みのない病を患う友人のTommaso(Bernhard Wicki )を見舞う。TommasoはLidiaのことを愛していたが、彼女はすでにGiovanniと結婚していた。彼女は作家夫人として何不自由のない毎日を送っているが、その生活に得体の知れぬ不安を抱いている。1961年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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不毛の愛や虚無感と言ったら、Michelangelo Antonioni監督。全てが虚しくておぼつかない、そして救いのない孤独感。監督の手にかかると、この感覚に先の見えない不安が加わり、残酷で絶望の淵に立たされたような気持ちになる。Marcelloのコメディシリアスの演じ分けが素晴らしい。

この映画を思春期に観たら、もっと評価は高かっただろうし、少なくとも途中でうたた寝なんぞしなかった。愛の不条理・倦怠・退廃・堕落・形而上美…、あの頃は少し背伸びしてそういうものに憧れる時期だから。不毛の愛についてグチグチ捏ね繰りまわすフランス映画のような本作品は、繊細な心を持った青年期に観るには、ちょうどいいかもしれない。そういうことを考えてる自分ってステキ、みたいな。「人生の意味って何?」「永遠の愛?」「幸せって何だっけ?」なんて突き詰めて考えている時は、ちょっと不健康で、あまりよろしくない状況にあることが多いのではないかしらーん?


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愛って育んでいくもので、頭の中で考えたり、あーだこーだ議論を戦わせるものではないと思うんだけど、この作品の登場人物たちは知的レベルが高すぎるせいか、ついつい哲学的&観念的に追求したくなってしまうのね。そんなに難しく考えないで、例えばレジのおばさんが間違っておつりを多目にくれてラッキー!だったり、お年玉つき年賀はがきの3等賞くらいに当たったり、好きな人が手料理をおいしそうに食べてくれたり、ソファーでうたた寝している私に、彼がそっと毛布をかけてくれたりしたとき、嬉しくなっちゃう。そんなありきたりの些細なことがけっこう幸せで、じわっとぬくもりに満たされるものなんだけど。それだけじゃダメなのね、特にLidiaは。


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夫婦関係が崩壊し終焉を感じながら、それでも何とか夫の愛を取り戻そうとする。彼女は夫に組み伏されながら、「もうダメなの!あなたとは別れることに決めたの!すべてはもう手遅れなの」と、ラストシーンで叫ぶ。なのに不思議なことに、Lidiaの表情は生き生きと輝いているのだ。個々の気持ちや夫婦の関係なんてものは、他人からみたら謎だらけなもんです。


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by amore_spacey | 2017-11-19 20:55 | - Italian film | Comments(2)

甘い生活 (La dolce vita)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (73点)

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【あらすじ】 作家志望の夢破れて、今はしがないゴシップ記者のMarcello(Marcello Mastroianni)は、豪華なナイトクラブで富豪の娘Maddalena(Anouk Aimée)と出会い、安ホテルで一夜を明かす。ハリウッドのグラマー女優Sylvia(Anita Ekberg)を取材すれば、野外で狂騒し、トレビの泉で戯れる。乱痴気と頽廃に支配された街ローマ。口うるさく鬱陶しい腐れ縁の恋人Emma(Yvonne Furneaux)は、彼の言動を嘆く。二人で訪れた友人Steiner(Alain Cuny)一家の、知的で落ち着いた暮らしぶりをMarcelloは羨むが、彼らも子連れの無理心中で突如死んでしまい、絶望感のみが残った。1962年Academy賞で衣装部門を、カンヌ映画祭でグランプリを受賞。(作品の詳細はこちら


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無理矢理あらすじを書いたが、Fellini監督の作品には一環したストーリーがない。人の意識の流れに任せて、あっちへ飛んだりこっちへ戻ってきたり、全く脈絡のないシーンが突然割り込んできたりする。どっちに向かっているのか分からず、様々なエピソードが、ひたすらダラダラ続く。グラマラスな女性たち・喧騒・祭り・乱痴気騒ぎ・享楽・冷めた視線・ある種の無関心や虚無感…。Fellini監督の独壇場だが、この手の作品は苦手でダメだ。観終わったあと、強烈な何かが残るのは確かだが、掴みどころがないのです。


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宙吊りになったキリスト像がヘリコプターで運ばれる冒頭のシーンは、『グッバイ、レーニン!』のレーニン像を彷彿させたり、浜辺に打ち上げられた巨大なエイの顔が、『太陽がいっぱい』でAlain Delonが歩く海辺のメルカートの魚売り場にも登場するように、様々なシーンが後世の作品のヒントになっているではないか?


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De Sica監督の作品のMarcelloは、のびのびと自然体で楽しんでいるが、Fellini監督の時には、ちょっぴりかしこまっているようにみえる。これは私の勝手な推測に過ぎない。どちらにしても、ダメ男を演じている確率はとても高い。ダンディな外見なのに、付き合ってみるとほーんとにダメなんだから、この人って。でも放っておけないのよ。母性愛をくすぐる、そんなタイプの男性をMarcelloが演じると、最高だ。


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by amore_spacey | 2017-10-13 00:12 | - Italian film | Comments(0)

昨日、今日、明日(Ieri oggi domani)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

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【あらすじ】 Sophia LorenとMarcello MastroianniがW主演で共演する、3話からなるオムニバス。第1話Adelinaはナポリを舞台に、妊娠中の女性は法を犯しても罪を免れられるため、夫Carmineに頑張らせて妊娠し続ける主人公を、第2話Annaはミラノを舞台に、富豪の有閑マダムと若い小説家の卵Renzoとの浮気の代償を、そして第3話Maraはローマを舞台に、美しい高級コールガールに思いを寄せる隣家の神学生Umbertoの顛末を描く。第37回アカデミー賞で外国語映画部門を受賞した。(作品の詳細はこちら


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Sophia LorenとMarcello MastroianniとVittorio De Sica監督の、ゴールデントリオが織り成す、コミカルな人生劇場。そこにどっしり根を張った、下町の女の逞(たくま)しさや強(したた)かさや厚い人情に、大笑いしたりほろりと涙したり、わがままな金持ちマダムの鼻持ちならない態度に辟易したり。一番面白かったのは、第1話のAdelinaでした。刑務所に入りたくないがため妊娠し続ける妻と、それに答える夫の大奮闘ぶり。7人の子どもと失業中の夫を支える貫禄あるSophiaと、ヨレヨレにくたびれた影の薄いMarcelloの夫婦が、コントのように対照的で可笑しい。

界隈の住人の野次馬根性っぷりや大らかさも、2人の暮らしの一端を支えている。夫婦の身辺に事件が起きるたびに、彼らは夫婦の家にどっと押し寄せて、大騒ぎ。コントのような夫婦だから、お祭り騒ぎのネタには事欠かない。傍から見ればすこぶるいい加減な夫婦だが、この2人は互いに心底惚れ合っている。強い夫婦愛によって、がっちりと結ばれているのだ。


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第2話は、あまり楽しくないエピソードだった。当時のイタリア映画音楽を一手に引き受けていた作曲家Armando Trovajoli)が、Sophiaたちの乗っている車が故障するシーンで、ちらっと登場する。


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第3話のMaraも愉快痛快。神に捧げる身でありながら、コールガールなんぞに思いを寄せる孫を見て、Maraに逆切れするUmbertoのばあちゃん(Tina Pica)。けれど孫を思うばあちゃんの涙にMaraは心を動かされ、「それじゃ、ここは、私が何とかしてみせますわ」と一肌脱いでみせる。そのとばっちりを受けるのが、常連客のAugusto(Marcello Mastroianni)だ。Maraの部屋にいそいそと訪れるが、いつも隣家の神学生絡みの騒動で、お預けを食ってしまう。


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さぁ、そのお楽しみが始まりますよ。軽い曲にあわせて、黒のストッキングをくるくると脱ぎ捨てるMara、それを子供ような仕草で嬉しそうに見つめるMarcelloのラストシーンは、まるで休憩時間にセットの片隅でふざけあっている様子を、隠しカメラで撮ったかのように自然で、2人の演技はもちろんのこと、彼らの魅力を最大限に引き出したDe Sica監督の手腕ならでは、の愛情に満ちたフィナーレだ。大柄なSophiaが、軽やかな身のこなしで踊ったり、愛する人をぎゅっと抱きしめたり、ここぞと言うときには一家の大黒柱になって踏ん張る。まことにゴージャスで可憐な女優でございます。


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by amore_spacey | 2017-10-09 01:26 | Comments(2)

テラス (La terrazza)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (75点)

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【あらすじ】 ローマの広いテラスを舞台に、5人のストーリーが展開する。第1話はスランプに陥った映画の脚本家Enrico(Jean-Louis Trintignant)、第2話は妻の心を取り戻したい流行遅れのファッション・ジャーナリストLuigi(Marcello Mastroianni)、第3話は拒食症で鬱のRAI(国営放送)職員Sergio(Serge Reggiani)、第4話は妻に振り回される映画プロデューサーAmedeo(Ugo Tognazzi)、第5話は人妻(Stefania Sandrelli)と浮気をする共産党の議員Mario(Vittorio Gassman)。広いテラスのある家で顔を合わせた5人は、楽しく喋ったり、時には議論を戦わせたり、興奮のあまり喧嘩に発展したり。そして1年後、同じ場所で再会した彼らは…。1980年第33回カンヌ国際映画祭で、脚本賞を受賞。(作品の詳細はこちら )


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広いテラスにご馳走が用意されたブッフェスタイルの夕食に、大勢の人々が招待されて集まった。5つのエピソードに登場する5人は、旧知の仲なのか、ここで初めて顔を合わせたのか、説明がない。が、そんなことはあまり意味がない。イタリア人は初対面でも、すぐに仲良くなる天才だから。5人のエピソードがどれもこれも冴えず、まさしく中年のオヤジにありがちなことばかり。中でもスランプに陥った映画の脚本家Enricoや拒食症で鬱のSergioは、病的ですらあり、他人事だから笑えるものの、これが家族だったら頭を抱え込んでしまう事態だ。


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ローマに住む中産階級の人々の堅実な暮らしぶりは、贅沢さえ言わなければそこそこ幸せなはずなのに、誰も彼もが何か割り切れない思いを抱えている。自分の人生は、こんなはずではなかった。もっと上を目指すことだってできた。ああ、若いあの頃はよかった。そんなノスタルジーに満ちた中にも、ほんの少し気持ちを切り替えれば、またいいことがあるさ。というような、現状を受け入れて行こうとする姿勢が垣間見えてくる。にわか雨が降ってきて、人々がテラスから部屋に駆け込むラストシーン。白いグランドピアノを囲んで、皆が歌う。こんな暮らしだって、悪くないじゃないか、と言わんばかりに。因みにこの作品でJean-Louis Trintignantは、娘と共演している。


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by amore_spacey | 2017-09-03 00:10 | - Italian film | Comments(0)

特別な一日 (Una giornata particolare)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (90点)

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【あらすじ】 1938年5月のローマ、第2次世界大戦前夜、Mussolini政権下のローマをHitlerが正式訪問する、イタリアにとって歴史的な記念式典の日。6人の子育てに追われるMussolini信奉の主婦Antonietta(Sophia Loren)は、これまた盲目的にMussoliniに傾倒する夫や子どもたちを式典に送り出した。山ほどある家事を片付けるのに忙しいというのに、飼っていた九官烏が逃げ出してしまう。これがきっかけで、同じ高層アパートの向かいの建物に暮らすGabriele(Marcello Mastroianni)という男と出会った。そして2人は特別な関係を持つのだが…。(作品の詳細はこちら


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Marcello Mastroianni1人祭り。ローマを訪問したHitlerと、彼を熱狂的に迎えるBenito Mussoliniやイタリア国民のニュース映像が、オープニングでかなりの時間を割いて流れる。ハーケンクロイツの旗とイタリア国旗が翻る祝福ムードのこの日は、イタリア人にとって特別な1日だったが、Antoniettaにはいつもと同じ1日になりそうだ。世間から取り残され、満たされない孤独な日々を送る平凡な主婦に、一体何があるというのだ?

同性愛者のGabrieleは、「夫・父・兵士でない男は、男ではない」と唱えるMussoliniのファスシト政権下で、アナウンサーの仕事を追われ、世間から蔑(さげす)まれ、虐(しいた)げられてきた。いつサルデーニャに送られるのか?不安と孤独の中で、官憲から逃れるようにひっそり暮らしている。


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この2人は結局結ばれるのだが、燃えるような愛ではなく、互いを労わり傷を舐めあうような、憐憫に近い哀しい愛だった。Gabrieleが『三銃士』の本を持って訪ねて来たときから、Antoniettaは何かを期待していた。けれども屋上の洗濯干し場で彼と話しているうちに、今朝自分の心をよぎった愚かな考えを恥じ、「やっぱり男はみんな、オオカミなのよ!」と吐き捨てる。

同性愛者として負い目のあるGabrieleの胸に、その言葉は刃のように突き刺さった。異性と恋愛し結婚し子どもをもうけて家族を作ることが、真っ当な人生とみなされる時代の中で、存在価値のない自分に絶望している。彼自身がそうした自分を嫌悪し、受け入れられなかった。でも明日サルデーニャに連行される前に、せめて世間一般の男が経験するように、女と結ばれてみたい…という儚い願望があったに違いない。


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束の間の情事のあと、Gabrieleの背後から、「また来週会える?」と、淡い期待を抱きながら、何気なく聞くAntonietta、それに答えられず硬直した顔の彼。残酷なシーンだ。屋上の洗濯物干し場から関係を持つに至るまでの、彼らの感情の起伏や気持ちの変化が、痛いほど伝わってくる。ただ同性愛者のMarcelloという設定が…ね。演技だけでなく、身につける物などディテールに拘り、精一杯それらしく見せてはいるが、ゴメン!ピンと来なかった。そこだけ微妙で残念だった。


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ラストシーン。夕食後の片づけをすませ、静まり返った台所の窓際でGabrieleが持ってきた本を読むAntonietta。ふっと窓越しに目をやると、Gabrieleが2人の男に連れられて出て行く。彼が2度とここに戻って来ないことを、彼女はたぶん知らない。本を置いた彼女は、家の灯りを1つ1つ消しながら、夫が眠る寝室に向かい、ベッドにそっと滑り込んで部屋の灯りを消す。誰にとっても特別な1日が、静かに終わろうとしている。そしてうんざりするような明日が、またやってくる。

でもAntoniettaは、それを乗り越えることができる。九官鳥や砂のオモリのついた台所の灯りやボタンで描いたMussoliniの絵を見るたびに、コーヒーミルや『三銃士』の本を手にとるたびに、屋上の洗濯物干し場に行くたびに、Gabrieleのことを、あの特別な1日のことを思い出し、束の間の幸せをかみしめる。他人にはどうでもよい出来事が、Antoniettaをずっと支えてくれるだろう。ファシズムの嵐が吹荒れる中、いくつも生まれては消えていった、市井の人々の小さなドラマ。観れば観るほど、味わい深い。


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この映画に登場するSophiaの6人の子どものうち、娘Maria Luisaを演じているのは、Sophia Lorenの妹とBenito Mussoliniの息子の間に出来た娘Alessandra Mussolini。だからSophiaとAlessandraは、伯母・姪っ子の関係になる。因みに私の姑の叔父は、反ファシストの罪でサルデーニャに送り込まれたが、何年かして戻ってきた。しかも婚約者(市長の娘)を連れて。瑣末なことだけど、Marcelloはここでも『ひまわり』の時のように、慣れた手つきで卵焼きを作っている。そんなに卵が好き?私みたい(笑) マンション管理人のオババは、小柄なのに物凄い存在感がありました。


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by amore_spacey | 2017-07-30 00:42 | - Italian film | Comments(2)

マカロニ (Maccheroni)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (73点)

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【あらすじ】 アメリカ軍の将校としてイタリアに駐在していたRobert(Jack Lemmon)は、晩年になって商用でナポリに来た。彼はかつて愛し合ったMaria(Giovanna Sanfilippo)のもとを訪れ、村人たちから大歓迎された。そしてRobertを待ち続ける妹のために、兄Antonio(Marcello Mastroianni)がRobertになって、手紙を書いていたことを知る。(作品の詳細はこちら


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Marcello Mastroianni1人祭り、進行中。面倒なこともあるが、友情っていいもんだ、歳を取ることも悪くない、幾つになっても人間は変わることができる。この作品を観てしみじみ思う。心が疲れていたり、トゲトゲしくなった時、やさしい嘘や無償の愛や、人を信頼する気持ちに触れると、いつも以上にその有り難味が身に沁みるものだ。

お人好しで茶目っ気たっぷりのAntonioと、仕事一筋で生きてきたRobert。冒頭のシーンから、歯車が噛み合わない対照的なこの2人が、可笑しくて仕方がない。Robertにしてみれば、商用でナポリに来ただけだから、過密スケジュールをやっつけて、さっさとアメリカに戻りたい。ところが思いがけない再会によって、遥か彼方にある記憶が蘇り、彼の乾いた心は少しずつ潤いを取り戻していく。よくある話だが、人の心模様を幾重もの繊細な層で表現できるのは、主役の2人や監督の手腕だけではなく、味のある脇役、そして舞台となったナポリの風景、それらが一体となって見事にとけあった賜物である。


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微妙に噛み合わないAntonioの高齢のマンマとの会話も、何となく分かったふりをしたり、都合のいいように解釈する。マンマへの愛情だ。彼女が乗った車椅子が、これまた素晴らしい。手前には作業台が設(しつら)えられ、背中側にはジュウシマツやカナリアなどの小鳥たちが入ったカゴがいくつもぶら下がり、たとえマンマが1人で居ても退屈しない特別仕様だ。公私混同しないRobertのイタリア側の辣腕秘書が、たった1度だけ酔っ払ってRobertに絡むシーンや、Jack Lemmonのピアノ演奏は、秀逸!

全員が揃ったラストの食事は、『無邪気な妖精たち』を思い出す。トマトソースをたっぷり絡めたパスタが、余りにも美味しそうだったので、その日の夕食はトマトスパゲッティだった。あの紐の先を辿っていくと、Antonioの手に繋がっている。このシーンでは、誰もが奇跡を願うでしょう。ナポリに行ったら、生クリームがのった特大サイズのババを、ぜひとも食べてみたい。


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by amore_spacey | 2017-07-29 00:03 | - Italian film | Comments(0)

あゝ結婚 (Matrimonio all’italiana) 

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

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【あらすじ】 第二次大戦中のナポリ。娼婦Filumena(Sophia Loren)とパスティッチェリア(菓子屋)の後継ぎDomenico(Marcello Mastroianni)は、空襲の日に娼館で出逢った。終戦後2人は再会し、恋仲となって別宅も持った。Filumenaは身請けしてもらい幸福の絶頂…と思いきや、Domenicoは浮気の虫が止まず、彼女に仕事を任せてほったらかし。Filumenaは一計を案じ、危篤状態を装って無理矢理Domenicoに結婚を迫った。(作品の詳細はこちら


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Marcello Mastroianni1人祭り、進行中。『イタリア式離婚狂想曲』に負けず劣らず、Marcelloのクズっぷりが炸裂するコメディだ。のらりくらり言い逃れながら、いつまでもFilumenaを日陰の女にしておき、それをいいことに、高齢の母の介護をさせたり、メイドの部屋で寝かせたり、店の仕事をやらせたりして、自分はパスティッチェリアのレジ係の若い女とよろしくやるって、とんでもないヤツだ。何とかして報復してやりたくなります。


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大輪のひまわりが咲いたようなSophiaの満面の笑顔や、健康的&魅力的なダイナマイト級のナイスバディは、見るものを元気にしてくれる。天真爛漫で、惚れっぽい性質(たち)。読み書きができなくて、自分の名前を署名するのにも、時間がかかってしまう。が、勝気で威勢がよく、理不尽な目に遭えば、徹底的に闘う。口喧嘩だって絶対に負けやしない。そんな彼女も3人の子どもたちの前では、母性愛に満ちた母の顔に戻る。子どもの病気にアタフタしたり、幸せに涙ぐんだりする情の深さ。どの仕草もどの表情も可憐で繊細で、女心が随所ににじみ出て、ほろりとさせられた。彼女がすけすけのエロティックな衣装を着ても、嫌らしさがない。彼女の存在が眩しいほどゴージャスだから。

彼女とMarcelloとDe Sica監督、この3人がいるロケ現場は、きっといい雰囲気だっただろうなぁ。それぞれの持ち味が最大限に引き出される、最強のトリオだ。MarcelloとSophiaのカップルは、イタリア映画の黄金時代を築き、その中を華麗に走り抜けていった。2人は様々な作品で悲喜劇を演じてきたが、その時々で感情の匙加減が絶妙な具合に加減され、微妙な色合いの違いを楽しませてくれる。この作品はSophiaの手のひらで転がされているように見えるMarcelloだが、そんな彼にぞっこんだったのは、実は負けん気の強いSophiaだったかもしれない。彼のことが好きで好きでたまらなかったのに、自分からは言えなかった。だから、ラストシーンにほっとした。「ああ、本当によかった」


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こてこてのナポリ方言(サレルノ方言?)も、この作品をより人間味溢れるものにしている。パスティッチェリアのお菓子の山や、子どもたちが口のまわりや鼻の頭や服を粉砂糖だらけにして、お菓子を食べるシーン。メイドのおばちゃんやAlfredoなど、庶民的な雰囲気満載の脇役たちも、映画を引き立ててくれた。身振り手振りが大袈裟な、人情味に溢れたお節介おばちゃん、いますものね。


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by amore_spacey | 2017-07-28 01:18 | - Italian film | Comments(0)

8 1/2

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 著名な映画監督Guido(Marcello Mastroianni)は医者に勧められ、また騒がしい現実から逃れるため、湯治場にやって来た。新作の撮影準備を進めてから5か月が過ぎたにもかかわらず、クランクインが遅れている。愛人Carla(Sandra Miloや妻Luisa(Anouk Aimée)や若手女優Claudia(Claudia Cardinale)や知人たちの幻影に悩まされ、映画の構想が全くまとまらないのだ。療養中も亡き両親の姿や少年時代の思い出がよみがえり、これが現実なのか虚構の世界なのか、次第に曖昧になり、Guidoは混乱していく。1964年第36回アカデミー賞で、衣裳デザイン賞と外国語映画賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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Marcello Mastroianni1人祭り。Fellini監督は作品の中に、自分自身のこと、自分が育ったRiminiや熟年期の拠点となったRomaを積極的に取り入れる。今回は映画制作にからんだ自身の苦悩を、そのまま映画にしてさらけ出している。これを映像にするのはなかなか難しいと思うが、監督らしい撮影と演出で、見事に実現した。女優たちの衣装も、ゴージャスだったりキュートだったりで、目の保養になった。でもこの手の作品が、実は苦手だったりします。


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妄想の中で起きるハーレムのどんちゃん騒ぎが、とてもシュールで面白かった。撮影中も楽しかったでしょう。清楚で可憐なClaudia Cardinaleは、まるで野に咲くマーガレットやすずらんのようで、綺麗だったんだなぁ。ところで黒縁メガネのMarcelloが、『シングルマン』『キングズマン ザ・シークレット・サービス』のColin Firthを彷彿させたが、たぶんColinが意識して真似たに違いない。音楽担当は、お馴染みのNino Rota。


 
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by amore_spacey | 2017-07-27 00:27 | - Italian film | Comments(0)

マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶 (Marcello, una vita dolce)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (86点)

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【あらすじ】 1996年に亡くなったMarcello Mastroianniにオマージュを捧げたドキュメンタリー。彼の二人の娘(異母姉妹)BarbaraとChiaraを中心に、生前交流があった映画監督や俳優やスタッフ、そして本人が“俳優Mastroianni”についてのエピソードを披露する。160本余りの作品に出演し、ViscontiやFelliniやDe Sicaなどの巨匠たちに愛されながらも決しておごらず、ひょうひょうと自分らしく生きた内気な大物俳優の姿が感動を呼ぶ。
 1924年に生まれ、俳優デビューは1948年。その後初めて手を組んだFellini監督の『甘い生活』で世界的スターとなり、その後も世界中の巨匠たちの作品に出演した。ナレーターは、Sergio Castellitto。(作品の詳細はこちら

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Marcello Mastroianni1人祭り。「何だってあんなに評価されるのか分からなかったが、時間が経つにつれ、彼の偉大さにやっと気づいた」とSergio Rubiniがインタビューに答えている。皮肉屋の彼らしい言葉だが、私もMarcelloの根強い人気を、ずっと不思議に思っていた1人だ。


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ところがひょんなことから彼の作品を観るようになり、そのへんにいる市井の人を演じると、実にうまい。人間臭く、怒りや嫉妬など醜い感情にとりつかれた時の演技ときたら、表向きはクールでありながら、ドロドロとした黒い感情を独特の方法で表出するのが、うまいのだ。遅ればせながら、彼の魅力にハマった。


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共演した役者や監督、脚本や音楽や衣装や撮影担当者、そして2人の異母姉妹が語るエピソードは、どれも私を心地よく幸せにしてくれるものばかりだった。数々のイタリア映画の音楽を手掛けたArmando Trovajoliの、ピアノ演奏が見られるという嬉しいサプライズもある。Flora Carabella(妻)やCatherine Deneuve(同居)の談話がないのは残念だが、娘たちが代弁しているのかもしれない。朝寝坊で、電話と煙草が何よりも好きなMarcello。


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by amore_spacey | 2017-07-24 00:01 | - Italian film | Comments(2)

イタリア式離婚狂想曲 (Divorzio all’italiana)

ネタばれあり

私のお気に入り度 ★★★★☆ (82点)

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【あらすじ】 シチリアの没落貴族Ferdinando(Marcello Mastroianni)は、連れ添って12年になる妻Rosalia(Daniela Rocca)に飽き飽きし、彼女が何度も死ぬ妄想にかられる。その上17歳の従妹Angela(Stefania Sandrelli)と恋仲になるが、妻と死別するほか再婚の望みはない。しかしイタリアでは、離婚が認められていなかった。そこで不貞した妻を殺害しても刑が極端に軽いという法律を悪用し、Ferdinandoは妻をそそのかして不貞を働かせ、名誉のために殺害したことにしようと計画する。1962年度カンヌ映画祭で最優秀喜劇映画賞、1963年アカデミー賞で脚本賞、同年のGolden Globe賞で主演男優賞(Marcello)を受賞。(作品の詳細はこちら


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封建的な色彩の強いシチリアを舞台に、地方色豊かな人間模様が生き生きと描かれている。それにしても、当時世界中の女性をときめかせたMarcello Mascroianni、その彼がこんなクズ男を演じるなんて、ビックリ。そりゃ、17歳のAngelaを前に、気持ちが浮ついても仕方がない。若くて美しく可憐で純真無垢の少女なんだもん、男なら気持ちがムラムラするじゃないか。女の私でも、当時15歳のStefania Sandrelliの美しさには、ため息が出る。だけどいい歳した男なんだから、心の中でひっそり恋愛を楽しめばいいものを、Angelaと結婚するために殺人を計画してしまう。中年オヤジが暴走すると、最強無敵。四六時中、殺すことばかり考えている。本作品でイケメンMarcelloが、飄々とした3枚目キャラで、滑稽な姿を晒してくれる。


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まぁ、しかし、倦怠期の夫婦って、こんなもんでしょうか。妻(または夫)がどんなに甲斐甲斐しく仕えても、夜の寝室で可愛らしく甘えてみても、夫(または妻)にとってはただ鬱陶しいだけ。古女房の存在そのものが、腹立たしいのだ。なるほど妻を演じたDaniela Roccaには、圧倒的な存在感があって暑苦しい。決して悪い人ではないけれど、一本に繋がった眉毛や、ヅラのような髪型が重苦しく、Ferdinandoの気持ちが分からないでもない。が、それで殺人って…。


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彼らを取り巻く脇役も、ユニークなキャラが揃っている。絵描きCarmeloを演じたLeopoldo Triesteの、困惑した表情やオドオドぶりが、時代も国籍も全く違うのに、なぜか滝藤賢一を彷彿させる。Ferdinandoのパパも助平で、女中の尻を撫でたり、自宅の窓からAngelaを双眼鏡で見たり。男はいくつになっても男だ。それからこの家のやる気のない若い女中や、時代遅れの貞操観念をもったAngelaのパパ、ゴシップ大好きな村の人々など、誰もが主役のような濃いキャラで目が離せない。あのラストシーンに、ニヤリ( ̄ー ̄)


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by amore_spacey | 2017-06-28 00:17 | - Italian film | Comments(0)