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1965年 アラン・ドロン、東京と大阪

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1965年に3度目の来日をしたAlain Delonは、4月22日に『泥棒を消せ』のPRのため、大阪高島屋の屋上(他に場所がなかったんか?)のファン交流会に出席しました。す、すんごい人!Alainも仰天、というかビビッてる?!

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大阪から東京に移動して4月24日には、一日駅長を買って出たAlainが、浜松町~羽田間のモノレールに、施設の園児たちと一緒に乗った。

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「この頃、日本にやってきたスターは施設などを訪問し、子どもたちとの交流を図る風景も多く見られた」「園児からの心のこもった贈り物を手にした時、思わず涙ぐんでしまった」

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Alainに抱っこされて座っている女の子が、羨ましすぎます。いいな、いいなぁ。行けるものなら一緒に行きたかった。


by amore_spacey | 2024-12-15 00:13 | My talk | Comments(4)
Commented by stefanlily at 2024-12-15 01:58
すごいなあ、この当時のアランの人気。
今はフランス映画見る日本人も減りましたね。
この手の芸能ニュースのナレーションしてた女性アナウンサー?、もう亡くなっているのかしら…
トレーシー何とか(メロディーフェアのヒロイン)が来日して、桜田淳子と対談してたなあ。
同級生は、マーク・レスターよりもジャック・ワイルドが好きでした。
Commented by bondgirl123 at 2024-12-15 18:13
羨ましいですね。だっこされている女の子👧

デパートに、あんなに人がいて、本当にびっくり‼️
ハンサムと言えばアランドロンての日本人のDNAに刻まれてます^_^
Commented by amore_spacey at 2024-12-16 00:14
☆ stefanlilyさんへ
こうして画像を観ると、アランの人気は凄まじかったんだなと思います。三船敏郎とは友だちで、そんなこんなで、何度も来日していますが、日本でのアラン・フィーバー(死語)は、世界でも珍しい現象だったようです。

トレイシー・ハイドとマーク・レスタ―、懐かしいですね。私も『小さな恋のメロディー』を観ました。トレイシーはあの頃の面影が残っていますね。ジャック・ワイルドのクリクリの目が、チャームポイントでした。53歳で亡くなられていますね。合掌
Commented by amore_spacey at 2024-12-16 00:17
☆ bondgirlさんへ
あのアランに抱っこされたなんて、一生分の幸せをここで使い果たしたみたいな…笑 それは冗談ですが、彼女は覚えているのかなァ。デパートの屋上でファン交流会って、昭和真っ只中ですよね。ハンサムって言葉は、端正な顔立ちの彼から生まれたのかも。
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