Speed-the-Plow 3

【悲劇】

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はぁはぁ肩で息をしながら、友人とともに着席する。ゆでだこのように真っ赤な顔の私を見て、付近の客は怪訝な顔をするが、私は開演に間に合った幸運をかみしめていた。間もなくステージが明るくなり、ケヴィ様が登場。あのヴェルヴェット・ボイスが劇場内に響き渡る。「今年も来たよ!」心の中で呟く。舞台に立つ彼は、水を得た魚のように生き生きと輝いている。ああ、惚れ直してしまう 年々デコの面積が広くなっているが、それもキューピーのように愛嬌があって可愛い。相棒のジェフ・ゴールドブラムと小気味のよい会話が展開していく。金持ちになったら何がしたい?2人の夢は膨らむ。あのマシンガントークはまだ出て来ないから、充分についていける(^^)v …と、背中の下がざわっとしたような気がした。手足の感覚もいつもと違う。自分のものではないような違和感がある。鉛のような重みがじわじわと胸を締め付けてくる。頭がじーんと痺れ、身体が重くてだるい。

舞台には第3の人物ローラ・ミッシェル・ケリーが登場。彼女はミュージカルの場数を踏み、去年は初ソロアルバムもリリースした役者だ。若いながら堂に入ったものである。すると、またしてもざわざわと胸騒ぎ、嫌な予感がする。冷や汗が背中を伝い始め、手足がやけに冷たい。舞台が徐々に遠のいていく。ケヴィ様や共演者の声がガラス越しのようにくぐもっている。嗚呼、苦しい、とても苦しい。だるくて座っていられない。隣に座る友人が私の気配に気づいて、「どうかした?」とささやく。手で大丈夫と合図するが、大丈夫どころではなかった。

この日は朝5時前に朝食をとってから、水以外は口にせず。運動不足の身体に鞭打って走った、走った。3時間半のフライトの遅れによる焦りと混乱で、緊張の糸が最高潮に達していたのだ。開演にスライディング・セーフで着席できたことで、一気に安堵の底に落ち着いて、疲れが吹き出てきたのだろう。

来る気はさらさらなかったのだ。今年の舞台には最初から気乗りがしなかった。しかし2月に始まったこの舞台の、各方面での反響があまりにもよいではないか。一足先に観た友だちも太鼓判を押す。「今までで一番いいよ。」 それじゃあ、観に行ってみるか。慌ててチケットとフライトを予約する。その無計画さがアダになり裏目に出たのだ、きっとそうに違いない。

「ごめん、何だか気持ちが悪くて…」 とうとう我慢できず、胸を押さえながら友人にささやく。「ねぇ、本当に大丈夫?」彼女の口が動く。ああ、意識が朦朧として手足が痺れ、脂汗まで出てきてうまく答えられない。「ねぇ、出たほうがいいんじゃないの?すごい顔してるよ。」 暗転した劇場内でも蒼白になっているのが分かるらしい。もう観劇どころの話ではなくなった。友人に支えられるようにして席を立つ。端っこに近い席だったのが幸いだった。数人の観客の前を「ごめんなさい。」と横切って客席通路に出る。場内係員が静かに近づいて出口まで付き添ってくれた。



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正面入り口脇の階段に座り込むと、女性係員が駆け寄ってきて「何かあったのですか?」友人は事情がよく飲み込めないまま、「彼女の気分が悪くなって出てきたのです」手短に説明する。私は「寒い。気持ちが悪い。手足が痺れている。」を繰り返し、「とりあえずトイレに…」と言って、友人の付き添いでトイレに行く。しかし何の解決にもならなかった。とにかくどこかで横になりたい。楽になりたい。「あの、救急車を呼んだほうが…いいのではないかしら?」 女性係員がおずおずと提案する。「救急車?」 非常事態の中でこの言葉を聞いた途端、身体が一瞬しゃんとしたような気がした。救急車はゴメンだ。ロンドンで入院?それだけは避けたい。「いえ、もう少しこうしていれば、落ち着くはずですから。」蚊の泣くような声で答える。そこへ別の係員が水の入ったコップを差し出してくれた。「ゆっくり飲んだほうがいいですよ。」言われるまま、口の中を湿らす程度に飲む。ほんの少し落ち着いてきたが、手足はまだ冷たく、締め付けられたような胸の重みは、相変わらずそこに居座っている。

これはデヴィッド・マメット(舞台の原作者)の呪いではないか?今回は原作さえ読んでこなかった。そしてケヴィ様がアルパチーノやジャック・レモンなどの大物役者と共演したデヴィッド原作&脚本の『Glengarry Glen Ross / 摩天楼を夢みて』(1992)、言葉の嵐のような作品。やっと届いたあのDVDをそのまま棚に仕舞い込み、取り出したのはその半年後。しかも後半で寝てしまい、未だに作品の全容がつかめていない。ああ、絶対にデヴィッドの呪いだ。それともケヴィ様の怒りを買ったのか?うちにある額入り出演映画ポスター8枚の埃を、随分長いこと払っていない。最近キム様アレッシオ様に浮気していることも、ケヴィ様のご機嫌を損ねたのだろう。それとも日本映画に浸かり過ぎた時期があった、あれが原因?(これらは帰宅してから自問自答した部分。あの時にはそんな余裕などなかったから。)



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「ねぇ、よかったら私の知り合いのところに行かない?ピカデリー広場の近くなんだけど。」トイレに入っている間に、彼女が誰かに連絡をつけてくれたらしい。いつもだったら丁重に断るところだが、とにかくどこかで少し横になりたかったから、「迷惑じゃないの?」と言いつつ、私の目は承諾していた。そうなると友人の行動は素早い。通りに出てタクシーを呼び止め路肩に待たせてから、係員に状況を説明して戻ってきた。劇場側としてはやっかいな重荷を降ろせるという?安堵を内に秘めながら、「本当に大丈夫ですか?気をつけてお帰り下さい。」の言葉とともに、劇場の玄関から見送ってくれた。

タクシーはピカデリーの路地裏に停車すると、友人は出迎えた知人に二言三言交わし、タクシーの中で斜めになっている私を2人して抱え出してくれた。知人の事務所がここにあるらしい。事務所の奥にある仮眠室になだれ込むように身体をうずめる。ここで再度ほっとしたのか、しばらくうとうとしていたようだ。時間にして10分ばかり。気がつくと手足の冷えはあるものの、胸の重苦しさは引いたようである。脂汗も冷や汗もない。身体の震えも止まった。「これ飲まない?」と言って友人は紅茶のような飲み物を差し出す。「知人がよく行くお茶のお店で買ったハーブティーなんだって。」 こんな香りは初めてだった。ハーブというよりスパイスティーに近い。一口飲んでみる。ああ、おいしい、とてもおいしい。身体中に元気の素が穏やかに広がるようだ。

「ねぇ、やっぱり無茶したんだよ。あんな勢いでずっと走ってきたの?」友人が軽くたしなめる。そうだ、そうなのだ。普段は殆ど身体を動かさないのに、今日は半日で10年分くらいの体力を使った。心臓があえぐのも無理はない。それでなくても心臓に悪いことがあったばかりなのだから。舞台を観たいばかりにチケット代惜しさに、まったく無茶をしたものだ。だからこのザマ。泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目…。しかも多くの人を巻き込み、心配までかけた。自己嫌悪。猛反省 "○┓ペコリ  

時刻は午後4時すぎ。今から劇場へ戻ってステージドアで待機しても、ケヴィ様や共演者の出待ちにはもう間に合わない。サインはおろか、握手もツーショット写真も無理だ。でもそんなことはこの際もうどうでもよくなった。そしてあの胸の苦しさから解放された幸運を神に祈った。「せっかくだからこの近所を少し散歩したいな。」この期に及んで?という友人や知人の眼差しを制して、事務所を出ようとすると、「じゃあ、私も少し時間があるから付き合う」と友人。本当は心配だったのだろう。仮眠室を提供し、おいしいお茶をご馳走してくれた知人には丁重にお礼を述べて、友人と共にピカデリーの街へ出ていく。外は小雨が降っていた。  *1&2枚目の写真は、プログラムから転写。

《 次回は舞台レポです 》
*     *     *

ブログの表示不具合の調整をしていたら、うっかり前回の記事を消してしまいました、うわーーん(号泣)!呪われてるようですぅ。コメントを下さったぽんさん・赤メガネ☆さん・お松さん・Kchanさん・Marmiteさん・しばこさん・琵琶湖kayoさん・Miyakun・かっこさん、コメント返しはこの記事のコメント欄にてさせて頂きました。本当にゴメンなさい。
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by amore_spacey | 2008-03-22 04:01 | Theatre | Comments(18)
Commented by amore_spacey at 2008-03-22 05:02
♡ ぽんさんへ。
本当の悲劇は…これだったんですよ~。

♡ 赤メガネ☆さんへ。
くうたんがいない時は(いる時もか!?汗)赤信号でもバンバン渡ってます。
ドライバーの時には赤信号通過しちゃうし。危険すぎるヤツっすね(滝汗)

♡ お松さんへ。
引っ張りましたが、こんなお粗末な結末でございました、トホホッ。

♡ Kchanさんへ。
もしかして、もしかして…の想像は当たりましたか~?

♡ Marmiteさんさんへ。
初めてこの劇場に行った年にお会いしたんですよね。あの時は
全てが順調で本当に楽しくて(出待ちは失敗したけど)良い思いでに
なってます。今年は…ご覧の通り↑でした、ぐすっ。
Commented by amore_spacey at 2008-03-22 05:06
♡ しばこさんへ。
ケヴィ様がこの劇場の芸術監督として2010年までいるので
残り3年の間に少なくとも2舞台はまだ上演されるとみています。
次回はぜひぜひお会いしたいです。そして映画の話で盛り上がりたい
ですね~♪^^

♡ 琵琶湖kayoさんへ。
泣きっ面に蜂ってこのことですね。前編・中編のあのエピソードなんて
悲劇の内に入りません。

♡ Miyakunへ。
引っ張りましたが、完結編はこんなんです、トホホッ。

♡ かっこさんへ。
かっこさんが東欧諸国を悠々と回ってらっしゃる頃、私はロンドンで
こんな目に遭っておりますた。自業自得ですけど、うわーーん(号泣)
Commented by かっこ at 2008-03-22 13:42 x
いやあ、大変だったねえ。でもでもケヴィンはきっとこの頑張り、わかってくれるはず。お友達と一緒でよかったわ。それにさすが英国。ハーブティに助けられたわね。どんな味なのか私も飲んでみたいわ。これって、この思い出の味となるわね。この舞台、私も残念なことに行けずじまい。でもそんなに評判がいいのね。それを聞けただけでも、もうさすがのケヴィン、惚れなおしちゃうわん。(笑)
とにかく、まだまだ続く舞台、こちらも応援の私ですわ。
舞台のご報告、ありがとうございます。舞台レポも楽しみにしています。
常に一定のハイレベルをキープしているケヴィンと、元気になったアモーレさんに感謝!
Commented by Marmite at 2008-03-22 20:15 x
それでもしばらく休んで元気が取り戻せたからよかったですよ。今度は計画して来ればいいのではないでしょうか?自業自得ではなく大事に至らなくてよかったという僥倖なことじゃないでしょうか?

ところでケビィ様の写真の埃はその後払いまして?(笑)
Commented by お松 at 2008-03-23 10:28 x
>呪い
何をおっしゃいます(笑)。
この年で体力的な無理は禁物ということなんでしょうか(T。T)
救急車の世話にならなくて良かったです。旅先で持つべきものは親切なお友達ですね。
さらなる悲劇、チケットを家に置いてきたのかと安易な想像をしていました。つらい展開でしたね。
Commented by 赤メガネ☆ at 2008-03-23 15:07 x
わちゃーっ、大変だったね(汗)
でも、ご無事で何よりだわ(ホッ)
こりゃー次回に向けて、英語の勉強だけでなく、体力作りも開始か?
Commented by Miyakun at 2008-03-23 23:26 x
同い年ですからねぇ。よくわかりますよ。私にも「何度か」ありました。「こんなはずじゃないのに・・・!」って思っても、年齢と体力には逆らえませんね・・・私もトホホのホです。
それで、無事にその日のうちに帰ることができたんですか?ロンドンの病院のお世話にならずに帰ることができただけでも、ラッキーですよ。そう思いましょう。
Commented by amore_spacey at 2008-03-24 01:54
♡ かっこさんへ。
機材整備のため3時間半の遅れ…、それがこんな結末になるなんて
ボローニャ空港を発つときには想像もしていませんでした。ケヴィ様に
ハグしてサイン&握手を何度も頭に思い浮かべてニンマリ笑っていた私。
このスパイスティーは、インド系英国人という件の知人の好きな
フレーバーだそうで、元気が出るんだそうです。怪しい粉などは入って
いないはず…です(笑) 今回は大胆にも原作も読まずに飛んで行って
しまいましたが、私が観た第1~2幕は、何とかついていくことができました。
でも残念ながらケヴィ様お得意のマシンガントークが炸裂する第3幕を
見逃してしまったのは、悔いが残りますが、元気に帰宅できたので
まあよかったと言うべきかもしれませんね。舞台レポもお楽しみに~(^^) 
Commented by amore_spacey at 2008-03-24 01:55
♡ Marmiteさんへ。
ホント、次回からは余裕を持って行きたいと思います。
水曜マチネーがなくなってしまったので、土曜日午後を狙いますが
次回からは一泊しようかなぁ。週末だったらお会いできますよね?

はっっ、ケヴィ様の額の埃、これから払って来まーーーす!
Commented by amore_spacey at 2008-03-24 01:58
♡ お松さんへ。
旅先で持つべきものは、頑強なる身体ですね。痛感しました。
そう、それから友だちがいてくれたお陰で本当に助かりましたよ。
彼女や彼女の知人がいなかったら…。
いつもはネットでチケット購入なのですが、今回は土壇場に決めたので
友人に頼んで直接劇場まで行って買ってもらったので、チケットを
忘れる、という悲劇はありませんでした。
Commented by amore_spacey at 2008-03-24 01:59
♡ 赤メガネ☆たんへ。
アレだけ走りに走ったから、その後3日間は太腿の付け根が
痛くて階段の昇降やトイレに支障が…(涙) 娘の膝ずるむけを
笑った天罰かもしれない。次回のために今日から体力づくりであります!
Commented by amore_spacey at 2008-03-24 02:02
♡ Miyakunへ。
ロンドンの街中や地下鉄を突っ走っている時にも、足がもつれそうに
なって、中々前にすすまないのよね。それにまたイライラする私…。
でも大事件にならなくて本当によかった。夜10時半ボローニャ空港に
着いて、くまくんとくうたんの顔を見途端、年甲斐もなく号泣した私です。
くうたんは、「恥かしー」って引いてたけど(汗たら~)
Commented by biwakokayo4 at 2008-03-25 08:59
想像以上の展開になりましたね。
でも気分が悪い時はそれどころじゃないですから・・・。
私は昨年イギリスの最終日、ライオンキングを見に行ったら3週間の疲れがどっと出てきて時々居眠っていました。
暗くて暖かくて・・・睡魔に勝てなくて・・・・。(笑)

でも無事に家に帰り着いてよかったですね。
読みながらドキドキしました。


Commented by shibako at 2008-03-25 12:17 x
まあああ、大変だったのですね。可愛そうに。
でも、ロンドンで入院にならなくてよかった、、、。
(そんな時はお見舞いに参上しますが。)
それでも、一目でもケビン様にお会いできてよかったですね。

くぅたんとまあくんの顔を見て号泣、、、、可愛いです。ほっとしたんですね。
Commented by melocoton at 2008-03-25 20:59 x
1から続けて読みました...
不運続きでしたね! 残念。
脱水症状だったのかしら(わたしは一昨年ニューヨークで脱水症状で大変なことになったことがあります 汗)。
飛行機に乗った後ってただでさえ疲れているのに大変でしたね。

でもロンドンで入院にならなくて良かった(かえって殺される可能性大ですから 爆)。

ムリしないでお大事にネ。
Commented by amore_spacey at 2008-03-26 01:29
♡ biwakokayoさんへ。
でしょ?こんな結末になるなんて、誰が想像したでしょう?エーン。
今だからこんな大胆発言ができますが、「だったらブログのネタに
ロンドンで救急車に乗ってみてもよかったかなーー?」なんて。殴っっ。
クマくんにはもちろん帰宅してから一部始終を話しました。
次回のロンドン(ってあるのか?)のために、体力増強計画…ですね(^^)
Commented by amore_spacey at 2008-03-26 01:31
♡ しばこさんへ。
あの日は緊張の糸がぴーんと張り詰めたままだったので、
ボローニャ空港で家族の姿を見たら一気に緩んで(緩みすぎ…)
涙ぼろぼろでした。無事帰宅することができて本当によかった。
ロンドンの病院ってどんなんだろう?
Commented by amore_spacey at 2008-03-26 01:37
♡ melocotonさんへ。
不運がこんなに重なるなんて珍しいなぁ、と今だから笑って言えますが
あの時はそんなものではなかった。1分1秒が惜しい時に、3時間半の
フライトの遅れは本当に痛かった。あれがケチのつきはじめですた(号泣)
いえ、ふだんから身体を大事にしすぎて、コホッと咳が出ただけで
欠勤するくらい(それは大袈裟だけど)なので、少しはムリしたほうが身体の
ためかもしれません(笑)

>でもロンドンで入院にならなくて良かった
> (かえって殺される可能性大ですから 爆)。

え゛っ?( ̄∇ ̄;) 救急車に乗らなくて正解だったのね、ヒーッ。
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