カテゴリ:- Italian film( 258 )

世情 (La Tenerezza)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (76点)

ネタばれあり!

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【あらすじ】 心臓発作を起こして入院していた77 歳の元弁護士Lorenzo(Renato Carpentieri)は、退院後ナポリにある自分のアパートに戻る。自宅のある最上階に上っていくと、Michela(Micaela Ramazzotti)が階段に座っていた。向かいに住む彼女は鍵を忘れて出てしまい、アパートに入れないという。これがきっかけでMichelaや彼女の夫Fabio(Elio Germano)や2人の子どもたちと交流を持つようになった。Lorenzoには娘Elena(Giovanna Mezzogiorno)と息子Saverio(Arturo Muselli)がいるが、妻を亡くした頃から疎遠になり、彼は1人このアパートで暮らしている。(作品の詳細はこちら


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タイトルを直訳すると、「優しさ」「ふんわりした柔らかさ」「ほろりとさせる様子」。だからナポリに暮らす人々の、心の交流を描いた心温まる作品だと思った。が、元弁護士Lorenzoと隣人家族の、ぎこちないけれど微笑ましい交流が始まった矢先に、全く予期せぬ悲劇が起きて、「えーーっ?」と同時に気持ちも急降下↓↓↓ 心の準備が全く出来ていませんでしたから。Elio Germanoの存在が、不穏で陰鬱なのだだ。彼が演じる役といったら、いつキレる分からない危うさを孕んだ不安定なキャラが多く、皮肉なことに上手すぎるのが難点で、何とも嫌ァな気持ちになる。でもでも好きな役者ですから、頑張って最後まで観ました。


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Lorenzoは現役で働いていた頃、非常に有能な弁護士ではあったが、あまり大きな声では言えないような、相当汚れた仕事もしてきた。肩書きを利用したあくどい方法で、生命保険などを騙し取る片棒を担いだこともあった。だから今でも評判が全く宜しくない。私生活でもダメ夫、ダメ父親。血の通った人間というぬくもりが感じられません。

彼には愛情が欠落していたのかもしれない。愛情などという面映いものを嫌っていた、もしくは他人に無関心だった、または単に不器用な人だったのかもしれない。とにかく人に囲まれていながら、常に孤独な人だったに違いない。そんな彼の凍りついた心をゆっくりとかしていったのが、Michelaだ。彼自身が戸惑ってしまうほど、抑えきれない衝動に突き動かされ、彼女の父親と偽ってまで病院に通い、彼女の傍らに座って、ひたすら語りかける。天涯孤独の彼女に、Lorenzoは自分を重ねたのだろうか。自分の分身のような彼女に、生きていて欲しいと心の底から願った。たぶん家族にも愛人にも、誰にも抱いたことのない熱い感情を、生まれて初めて全身で味わう。

人間味がないと言えば、Lorenzoの愛人や息子のSaverio、それからFabioのマンマの、余りにもそっけなく人生を割り切っている姿に、ある種の潔さを感じたが、共感はできませんでした。唯一娘のElenaが救いになっている。互いの誤解が解けたあと、心のわだかまりも消えていくに違いない。そうあってほしいと願う。


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これで人を傷つけてきた過去のすべてが帳消しになるわけではないけれども、彼にとっては精一杯の懺悔であり、今まで妻や子どもたちのことを省みなかったことへの、彼なりの罪滅ぼしでもあったのだと思う。このドラマの舞台となったのが、カオスの町ナポリ。人間臭く生活感が溢れる、猥雑としたナポリの路地裏である。スプレーの落書きで埋め尽くされた壁や、薄暗くて細い路地。どこから突っ込んでくるか分からないスクーターやバイクの群れ、信号無視、洗濯物がひらめくスペイン地区、たくさんの教会…。あの町の雰囲気にピッタリの作品だ。


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by amore_spacey | 2018-04-17 01:22 | - Italian film | Comments(0)

終着駅 (Stazione Termini)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 アメリカ人の若い人妻Mary(Jennifer Jones)は、妹を訪ねてローマにやって来た。数日間町の見物をしたが、そこで英語教師のGiovanni(Montgomery Clift)と知り合い、激しい恋に落ちる。しかし夫や娘のことを思い、アメリカに帰国することに決めたMaryは、引き裂かれるような思いでテルミニ駅に来た。そこへGiovanniが駆けつけるが、慌しく哀切に満ちた別れは、刻一刻と迫ってくるのだった。(作品の詳細はこちら


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子どもの頃、たしか親と一緒に観たような気がする。テルミニ駅で繰り広げられる悲恋物語に、両親は深く感動していたけれど、陰気で辛気臭いMontgomeryに私はうんざりしてしまった。これを観るのは2度目だが、どうしても彼が苦手。だから彼のやることなすこと全てが、癇に障る。Mary から紹介された甥っ子Paulを、彼はにこりともせず無愛想な顔で見る。甥っ子のほうがよほど大人で紳士だ。入線してくる電車の前を横切る暴挙や、女性の頬を引っ叩くのは、全くありえない行為。短期で粘着気質な男だ。重箱の隅っこ的だけど、動き始めた列車から飛び降りて転んだ彼を心配して、助け起こしてくれた男性に、お礼すら言わないなんて、つくづく残念すぎる。こんな男に恋するなんて、異国の旅という非日常の魔力は捉えどころがない。


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と、初っ端から言いたい放題ですが、若妻を演じたJenniferはとても魅力的で、あちこち揺れ動く女心を切なく見せてくれました。でもこの2人の恋に落ちる経緯が描かれていないので、ほとんど感情移入ができず(不倫相手がMontgomeryだから尚更)、「うーん、私だったら頬を殴られた時点で、ゲーム終了ですが…」と気持ちが冷める。アメリカに帰国するのに、手ぶらでテルミニ駅に来ちゃっているMaryも、何だかよく分かりません。


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感情移入できない2人の悲恋物語より、テルミニ駅を行き交う人々やそこで働く人々のほうが、何倍も楽しく活気に溢れて面白かった。いつも公衆電話の前にいる、オレンジを持った胡散臭いおやじ(Paolo Stoppa)、兵士たち、恰幅のいい聖職者たち、家族連れ、気分が悪くなった妊婦やその夫、切符売り場や電報局の職員、荷物のカートを押す職員、駅の公安委員や警官や警察署長。何かあるとわらわら集まってくる人々。バールや食堂のカメリエレ、構内アナウンス、ガヤガヤした雰囲気。警察に向かう2人を、野次馬根性丸出しでジロジロ見る人々。当時の大きなお札や、今と少しも変わらないテルミニ駅の外観。旅は日常生活を忘れさせてくれる。旅の出発・終着となる駅や空港は、人の心をそぞろにさせる。また旅に出たくなってきました。


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by amore_spacey | 2018-04-14 02:16 | - Italian film | Comments(0)

The Place

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

ネタばれあり!

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【あらすじ】 バール『The Place』の一番奥の席、いつも同じこの席に、毎日どの時間に行っても、1人の男(Valerio Mastandrea)が座っている。テーブルにはぎっしり書き込まれた、黒い革の分厚い手帳が1つ。そこで食事をしたり珈琲で一服したりする彼のもとには、何人ものクライアントが入れ替わり立ち代わりやって来る。男は彼らの願いを聞き、それを叶える条件として、それぞれに特異な任務を与える。はたして彼らは、任務を遂行できるのだろうか?男が任務を与える理由とは?アメリカのテレビドラマ「The Booth at the End」にインスパイアされ映画化。(作品の詳細はこちら


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The Placeの赤いネオン。間もなくそれがバールだと分かる。カメラはバールの中へ、そして一番奥の一角に向かう。映画が終わるまで、カメラはそこに固定されたまま。だから舞台劇に近い。そこで1人の男が誰かと、向き合って話をしている。2人がどんな関係にあるのか分からない。次のシーンでは、男が別の女性と話している。というより、女性が顔を歪めながら、何かを必死に訴えるのをひとしきり聞いている。そして男はおもむろに分厚い手帳を手にとってパラパラ頁をめくり、何かを書きつけたあと、諭すようなしかし確固とした口調で女性に言葉をかける。


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そんなシーンが幾つも続くと、この男の存在が気になり始める。セラピスト?精神科医?胡散臭い宗教の勧誘?スピリチュアル系?人間の好奇心を刺激する、謎めいた男に扮するValerio Mastandreaが、絶妙で上手い。演じるというより、役者ではない素顔の彼がふらっとバールに来て、そこに座っているような自然さ。物憂げで気だるい所作や、苦渋に打ちひしがれた張りのない表情も、シナリオに沿って演じているのではなく、その日の様々な出来事が彼をそうさせているようだ。彼は善良なのか、邪悪なのか?そんなことをつらつら考えているうちに、気がついたら、バールの片隅に作り上げられた男の小さな世界に、引きずり込まれていた、という素晴らしい展開。さすがPaolo Genovese監督だ。


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瀕死の子どもを救いたい父親に、「人を殺しなさい」。神の声が聞こえなくなった修道女に、「妊娠しなさい」。アルツハイマーの夫を救いたい高齢の妻に、「バールに爆弾を仕掛けなさい」。視力を取り戻したい目の見えない青年に、「女性を強姦しなさい」。美しい容姿になりたい若い女性に、「強盗をしなさい」 …。男がそれぞれのクライアントに与える任務は、どれもこれも犯罪ばかり。絶望の淵に立つ人々が、自分のエゴのために、いけないと知りつつ犯罪に手を染めるのか、いやそれは幾らなんでも人間としてダメだと思いとどまるのか?エゴと願いを天秤にかける。究極の選択を迫られた時、人間性が深く試され、その人の本性が明らかになる。

クライアントたちはバールの男のところに何度も戻ってきては、任務を完遂させるための進行状況や、気持ちの変化を語っていく。カメラはバール内部しか映し出さないから、私たち視聴者は彼らの話や表情を手がかりに、背景にあるドラマや、映像として登場しない彼らの暮らしぶりや人間関係や心情など、様々なことを想像しつつ、作品の展開をそっと見守る。


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ところで男はこのバールにずっと居るが、お風呂はどうしている?寝る場所はどこ?着替えは?髭は剃らないの?いやいや、閉店後の無人バールに居ちゃマズいでしょう?家族は?などなど突っ込み所も満載ですが、それはさておき、人の話ばかり聞いているけれど、それじゃこの男は現状に満足しているのか?という疑問がふっと湧いて来る。大丈夫、このバールで働くAngela(Sabrina Ferilli)が、とびっきりの笑顔とある方法で、この男を癒してくれるんです。それは映画を観てのお楽しみ。


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by amore_spacey | 2018-04-11 01:11 | - Italian film | Comments(0)

Ovosodo

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (74点)

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【あらすじ】 奥手でおとなしい高校生Piero(Edardo Gabbriellini)は、LivornoのOvosodo地区で暮らしている。幼い頃に母親を亡くしたが、父親はさっさとMara(Monica Brachini)と再婚して、女の子が生まれた。ようやく家族5人で落ち着いた日々が続くかと思いきや、父親は窃盗罪で刑務所に送られてしまう。1997年ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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思春期真っ只中のPieroは、シャイでちょっぴり奥手の高校生だ。家の中は常にゴタゴタしていて、居心地が悪く、ちっとも気が休まらない。自分の気持ちをぶちまけたい実の母親も、この世にいない。女の子との付き合い方も良く分からず、心の中はもやもや。この先ボクは、いったいどうなるんだろう?この作品はそんな彼の成長記であり、彼の人生を変えた人々の話である。

両親や兄弟やアパートの住人たち、単なる幼馴染から恋愛関係に発展していったSusi(Claudia Pandolfi)、幼い頃の懐かしい風景や思い出、勉強の大切さを教えてくれた中学の教師Giovanna(Nicoletta Braschi)、高校の同級生で親友になったTommaso(Marco Cocci)、初恋相手のLisa(Regina Orioli)のことなどが淡々と描かれ、あんなに頼りなかったPieroが、映画が終わる頃には結婚して家庭を築いている。青春時代の荒波をのり越え、様々な経験を経て、やっと居心地の良い場所を見つけた。ぐんと大人になった表情が、逞しく清々しい。Pieroを見つめる監督の眼差しが、これまた優しくて温かい。


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舞台となったLivornoは、Paolo Virzì監督の故郷であり、タイトルのOvosodo(固ゆで卵=uovo sodoが訛った)地区はとても庶民的な界隈である。向かい合ったアパートには労働者階級の家族が暮らし、住人たちはみんな顔見知りで、互いに助けあって暮らしている。だからちょっとしたことも筒抜けで、噂になって知れ渡ってしまう。窓からは食器の触れる音やテレビの音、赤ちゃんが泣く声や夫婦喧嘩などが聞こえてきて、隣人の暮らしぶりが手に取るように分かる。一昔前のイタリアのありふれた日常が、丁寧に描かれている。

そんな界隈で育ったPieroだから、素朴で人が良く、彼の持つ雰囲気は穏やかだ。医者や弁護士の子息子女が通う由緒ある高校に通っているが、父親が刑務所に入っているPieroは、異質の存在である。でもそこで彼は捻くれたり腐ったりしない。クラスのみんなもハブったりしない。それどころかイタリア語が得意な彼を、みんなが頼りにしている。取り繕ったりしない誠実で素直な姿に、ほっと気持ちが安らぐのです。


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by amore_spacey | 2018-04-02 02:34 | - Italian film | Comments(0)

君が望むものはすべて (Tutto quello che vuoi)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (83点)

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【あらすじ】 ローマの下町に暮らす22歳のAlessandro(Andrea Carpenzano)は、不良仲間とつるんで無為な日々を過ごしている。ある日彼は喧嘩騒ぎで、警察の厄介になってしまった。そんな息子に業を煮やした父親(Antonio Gerardi)は、85歳になる詩人Giorgio(Giuliano Montaldo)を散歩に連れ出す仕事を見つけてくる。
初めはいやいやだったが、やがて詩人の人柄に惹かれていき、彼との散歩が楽しみになってきた。Giorgioの家に何度も通うようになったAlessandroは、ある部屋の壁に十字架とGiorgioの書いた詩を見つけた。それを手がかりに、GiorgioとAlessandroと不良仲間たちは、宝探しにトスカーナの小さな村へ向かう。(作品の詳細はこちら


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「ボケた爺さんの散歩の相手?冗談じゃねぇよ」と思ったAlessandroが、Giorgioの世界にぐいぐい引き込まれていく。老詩人の存在が彼の中で、どんどん大きくなっていく。その描写がいかにも自然で、心にすっと入ってきた。基本的には心根の優しい人たちだから、観終わったあとじんわりと温かい気持ちになる。

Giorgioは初期のアルツハイマーで、色々なことをすぐに忘れてしまうし、途中で話の辻褄が合わなくなったりすることなど日常茶飯事。だけどユーモア溢れる素敵な紳士で、ちょっととぼけた言動(本人はいたって真面目)が、これまたお茶目で可愛いのです。そんな彼の前では、突っ張ったAlessandroも調子が狂ってしまう。


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Alessandroの母親は彼が幼い頃亡くなり、間もなく父親に恋人が出来て、3人一緒に暮らしている。甘えたい母親はいないし、父親はさっさと新しい女を作ってよろしくやっている。彼にしてみれば、家に帰っても心の拠り所はなく、自分だけ置いてきぼりにされた疎外感しかない。人の温もりや愛情に飢えている。だから不良仲間とつるんで、怒りや寂しさを埋めるしかない。

けれどGiorgioと親密になるにつれ、Alessandroの乾いた心は潤い始め、頑な心がどんどん自由になっていく。自分が老詩人を助けているとばかり思っていたのに、頼りにしていたのは実はAlessandroだったんだなァ。Giorgioならボクの話を聞いてくれる、彼なら分かってくれる。封印していた様々な思いが一気に噴出して、Alessandroは老詩人の膝の上で子どものように泣きじゃくる。ああ、目頭うるうる、思わず私も泣きそうになりました。


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不良仲間たちがこの家にふらりとやってきて、そのままたむろすようになっても、人を信頼出来るGiorgioは追い払ったりしないし、勝手に色んな部屋に出入りしても、頭ごなしに叱ったりしない。いやいや、それどころか一緒に話をしたりゲームをしたりして、楽しい時間を過ごす。小さな楽しみを見つける達人なのです。住む世界も世代も違うのに、借りたライターを見て、「おや、ローマのファンなのかい?私も好きなんだよ」とさりげなく、距離を縮められる頭の良さ。こんなおじいちゃんがいたら、来なくていいと言われても、毎日通っちゃうね。Giorgioに出会ったAlessandroや不良仲間たちは、まったくしあわせな奴らだ。


 
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by amore_spacey | 2018-03-26 02:57 | - Italian film | Comments(0)

妻と夫(Moglie e marito)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 脳神経外科医Andrea(Pierfrancesco Favino)とテレビキャスターSofia(Kasia Smutniak)は結婚して10年になり、2人の幼い子供がいる。傍から見れば幸せな家族だが、子育てや仕事に忙殺され、離婚を考えるほど2人の関係は悪化し、夫婦でカウンセリングを受けていた。Andreaは同僚のMichele(Valerio Aprea)と一緒に、互いの思考を移転できるような機械を研究している。が、ある日それを使って、Sofiaと2人で試験的に実験をしていると、突然不測の事態が起こり、気がついたら互いの体と心が入れ替わっていた。(作品の詳細はこちら


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身体が入れ替わったり、子どもの頃に戻って小さくなったり(子どもが大人になったり)する作品は、アメリカ映画やアニメではよくあるが、イタリア映画では珍しいかもしれない。バカバカしいと思いつつ、Pierfrancescoの演技を楽しみにしていた。互いに入れ替わってしまったとはいえ、社会生活は通常通りなので、当然あちこちでトラブルが発生する。フェミニストだったSofiaが、番組の中で突然フェミニストを叩きはじめ、スタッフはビックリ仰天で大慌て。一方AndreaはMicheleと進めていた研究の資料を、Micheleの許可なくライバルに渡して、研究を横取りされてしまう。


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この手の映画の見所は、入れ替わったあと、どれだけ入れ替わった当人らしく振舞うか?どんなトラブルが起きるか?元に戻ることができるのか?にあると思う。特に入れ替わった役者の演技力次第で、作品が面白くも退屈にもなる。Sofia扮するKasiaが演じたAndreaは、う~ん、かなり痛々しいものがあり、お尻の辺りがむず痒くなってくる。Andrea役のPierfrancescoのSofiaは、期待を裏切らずウィットに富んで、分かっているのにいちいち面白おかしく、彼のお陰で作品として何とか成り立ったんじゃないかとさえ思う。まぁ、女性が男性を演じるより、男性が女性を演じたほうが、意表を突いて面白いのは確かだけど。

ゴツくてマッチョで厳(いかめ)しいPierfrancescoが、綺麗で可愛らしい女性を演じる。彼のフィルターを通した女性像は、定番でありがちなんだけど、実に上手く笑わせてくれる。彼の舞台Servo per dueを観た時も思ったが、演じることが本当に好きで仕方がない、人を笑わせたいというエネルギーやエンターテイナー魂に満ちている役者だ。


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互いの思考が移転できる機械。これがね、当事者たちは大真面目なんだけど、小学校の夏休みの科学研究で作ってみました的な代物で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクなら、嬉々として飛びつきそう。あれを撮影用に作った人も、愉快なキャラなんだろうなと思わせる。

Sofiaのメイク役の青年(画像下)が、なかなか良い味を出していた。すごく綺麗でイケメンだけど、少々女っぽくて、やる気があるんだかないんだか?のダルい雰囲気が、彼そのものでいいんだわぁ。これ、誰?名前は?ちょっぴりJonathan Rhys-Meyersに似て、官能的なオーラがダダ漏れなのに、世の中投げてる風なところがチグハグでおかしい。


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by amore_spacey | 2018-03-23 00:35 | - Italian film | Comments(0)

道 (La strada)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

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【あらすじ】 純真で誠実だが少々頭の弱い娘Gelsomina(Giulietta Masina)は、貧しい家族の食い扶持を繋ぐため、旅芸人のZampanò(Anthony Quinn)に売られた。彼の助手となって旅に出るが、Zampanòは粗暴でよく暴力を振るい、挙句の果てには彼女を力尽くで妻にしてしまう。Gelsominaのやさしさも、彼には通じない。彼女は新しい生活にささやかな幸福さえ感じていたが、Zampanòの態度に嫌気が差して、街へ逃げていった。そこで出会った陽気な綱渡り芸人(Richard Basehart)が奏でる、ヴァイオリンの哀しいメロディに引きつけられ、彼と親しく口をきくようになる。1954年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を、1956年アカデミー最優秀外国映画賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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中学生の頃、この作品を初めて観た。まるで子どものようなGelsominaが、愛らしくいじらしくも、「なんだってあんなクズ男に、いつまでもくっついているんだろ」 物のように邪険に扱われても、Zampanòの傍を離れなかったのが、ただもう不思議で仕方がなかった。私の中では、野獣のようなZampanòが、100パーセント悪の権化だったから、夜の浜辺に這いつくばって慟哭するラストシーンは、動物が狂ったように泣きわめいている、恐ろしい光景だった。


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ところがどうだ、今回2回目の鑑賞で、ラストシーンにガツーンとやられた。Zampanòに、愛おしさを抱いた。彼の気持ちが、今なら痛いほど分かる。生まれながらにして不器用で寂しがり屋なのに、喧嘩っ早くて強がりばかり言う。弱音が吐けない、本音も言えない。典型的な昭和生まれの男だ。無骨で子どものような彼が、綱渡り芸人と仲良くするGelsominaに嫉妬したり、雨の日の納屋で彼女と過ごす時間がまんざらでもなかったり、修道院でお代わりを断る彼女に、「もっと食べなよ」と言ってくれたり、最後にはスパゲッティを茹でてくれたり…。それが彼なりの愛情表現だ。Zampanòは彼女に惚れていた。忘れようとしても忘れられなかった。ぞっこんだったんだよ。

「同じ土地に何年もいると、情が移ってしまう」という修道女の台詞は、人間関係にも当てはまる。一緒に暮らしているうちに、小さな絆が芽生え情が湧いてくる。Zampanòのようなタイプの男は、母性本能も刺激する。傍目には不思議なカップルかもしれないが、彼らは互いに無くてはならない存在だった。あんな幕切れだったが、2人は十分に幸せな時間を過ごしていたと思う。夫婦のことは、他人にはホントに良く分からないもんですから。人生も人の心も、一筋縄ではいかない。愛おしく切なくて、哀しくやるせないです。


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Gelsominaのテーマとも呼べるあのメロディー。どこにでもありそうな、シンプルなメロディーが、登場するたびに少しずつ輪郭を帯び始め、何とも言えない感傷的な気持ちを呼び覚ます。そしてこのメロディーは、洗濯物を干す若い女が口ずさむ歌となって、決定打を放つ。この辺りから涙腺がゆるみはじめ、鼻の奥がツーンと痛くなる。住所も携帯番号もLINEも知らないが、あのメロディーこそGelsominaのIDそのものだった。メロディーの美しさ、そしてこのメロディーの使い方の上手さよ!


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by amore_spacey | 2018-03-19 01:08 | - Italian film | Comments(4)

Piccoli crimini coniugali 

ネタばれあり!!!

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 著名な推理小説家Elia(Sergio Castellitto)は、足を踏み外してマンションの階段から転げ落ちて入院したが、記憶喪失になったまま退院した。住み慣れた自宅に戻っても、断片的なことしか思い出せない。その記憶の欠片を集めながら、彼は妻(Margherita Buy)と2人で、人生を再構築しようと努めるが…。Eric-Emmanuel Schmittの脚本を映画化。(作品の詳細はこちら


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登場人物は2人、舞台は彼らの家。舞台劇の映画版である。オープニングが素敵だ。退院したEliaとその妻を乗せた車を、カメラは後ろから捉え、歯切れの良い音楽と同時に車が走り始める。ローマのスタイリッシュで無機質なEUR地区を通り過ぎ、街路樹が次第に増え、風景は次々に移り変わり、住宅街に入ると車は停止。2人が車から下りて、マンションの彼らの家に入った瞬間、音楽は鳴り止む。このオープニングに、期待は膨れ上がったのですが…。

2人は長年連れ添ってきた熟年夫婦だが、中年の危機のど真ん中にあって、どうやらうまくいってないらしい。こうした状況のカップルにありがちな会話が、次々と繰り広げられていく。しかし記憶喪失になった夫とその妻の会話は、どこまでが本当なのか、謎に包まれている。互いの変な癖や習慣を論(あげつら)ったり、今までどんなに我慢してきたかを、あの手この手で攻め立てる。のだが、激しいバトルに突入する訳ではなく、ごく稀に声を張り上げるものの、2人とも淡々と冷ややかに相手をなじる。偽善的で不快な光景。夫が記憶喪失になったのをいいことに、妻は小さな仕返しをしたり、嫌味をチクチク言う。やな子。


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延々と夫婦喧嘩に近い会話が続くのかと思いきや、気持ちが揺れ動く2人は、近づいたり遠のいたりを繰り返しながら、「僕たちが初めて出会った日のことを、君は覚えているかい?」という夫の一言で、一気に時間を遡り、2人は恋人時代に戻る。あの頃は何もかもがバラ色、あなた(君)が傍に居てくれるだけで、幸せだった。箸が落ちるだけで転げ笑った。あの頃は良かったわね。 … どうしてこうなってしまったのだろう?


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妻は何が不満なんだ?何が原因だ?夫は常々、この疑問を抱え、答えを探していた。彼はやり直したかったに違いない。そんな折、妻からあの仕打ち。そして記憶喪失。いや、記憶喪失ではない。彼はあの事故を利用して、一芝居打った。賭けに出た。妻を試したのだ。しかしもやは2人の間は、修復不可能だった。着想は良かったが、『おとなのけんか』のような修羅場を期待していた私には、2人の会話が他人行儀で空々しく、綺麗な言葉が上滑りしただけで、全く物足りない。現実味が薄くて、心に響いて来ませんでした。2人の役者が素晴らしかったので、脚本に改良の余地ありということか。トリヴィアですが、ロケ地はSilvana Manganoがかつて住んでいた家。


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by amore_spacey | 2018-03-10 02:40 | - Italian film | Comments(0)

神様の思し召し (Se Dio Vuole)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (74点)

ネタばれあり?!

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【あらすじ】 腕利きの心臓外科医Tommaso(Marco Giallini)は、毒舌で傲慢な性格が災いし、周囲からは煙たがられている。ボランティアに勤しむ妻Carla(Laura Morante)との仲は倦怠気味だし、お気楽な長女Bianca(Ilaria Spada)は不動産事業を営む冴えない男Gianni(Edoardo Pesce)と結婚。しかし医学部に通う優秀な長男Andrea(Enrico Oetiker)が自分の跡を継いでくれれば、彼の人生は完璧だった。ところがその息子が、「神父になりたい」と宣言したから一大事。息子を洗脳したと思われるPietro神父(Alessandro Gassman)の正体を暴くため、Tommasoは信者を装って教会の集会に潜り込んだ。(作品の詳細はこちら


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ロック調の軽快な音楽に合わせて、ストーリーが始まる。期待に包まれワクワク。登場する人物描写が、端的で分かりやすい。ツボを外さない笑いを絡めながら、コミカルに展開していく。そのまま一気に大団円を迎えると思いきや、衝撃のラストに、「えーっ??」

「神父になりたい」という息子の考えを改めさせようと、TommasoはPietro神父に近づいたが、神父の影響を受け徐々に変わっていったのは、他でもない、Tommasoだった。Pietro神父は、前科者でどうも胡散臭い。しかし若者受けするルックスと巧みな弁舌で、信者の心を掴むのが抜群に上手く、人望も厚い。彼の破天荒で型破りなところが、逆に魅力にさえなっている。


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Pietroはアドバイスをしないし、煩い説教もしない。「そんなこと、知るもんか」と突き放したりする。神父だって分からないことだらけ。ぶっきらぼうで口は悪いが、上から目線な態度がない。Pietroが見せた、神父である前に生身の人間であること、机上の理論や言葉より実践に意味があること。おそらくTommasoにとって、これら1つ1つの出来事は、とても新鮮で意外だったに違いない。神父の誠実で熱い思いや行動力に、Tommasoは目が覚め感化され、心が動き始める。視野が徐々に広がり、柔軟になっていく。自分と違う価値観やそうした価値観で生きる人々を、少なくとも頭ごなしに否定しない。これは大きな前進である。Tommasoは、根っから悪い人じゃない。きっと人の気持ちに寄り添える、人間味のある心臓外科医として、ますます活躍してくれるだろう。彼の心の中には、Pietro神父が生き続ける、だから無敵最強だ。


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脇を固めたキャストが、何れも個性的&コミカルで、なかなか濃い面々でした。情緒不安定でアルコール依存症の妻には、ど真ん中でハマリ役のLaura Morante。幾つになっても、羨ましいくらい綺麗だわぁ。長女を演じたIlaria SpadaはKim Rossi Stuartの奥さんで、雑誌やネットではお目にかかるが、スクリーンで観たのはこれが初めて。頭ん中が空っぽだけど、弟の影響で聖書を読み始めたら、これが結構面白いじゃん。ついでにドラマも観て、キリスト教にどんどんハマっていく。単純で可愛い。彼女の夫のキャラが、もうね、お笑い担当を一手に引き受けて…濃すぎ(笑) ところでTommasoの家のテラスから、サンタンジェロ城があんな間近に見えるなんて、最高のロケーションじゃありませんか。


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by amore_spacey | 2018-03-08 00:47 | - Italian film | Comments(0)

白夜 (Le notti bianche)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 内気な青年Mario(Marcello Mastroianni)は、運河と橋の多い港町Livornoに転勤してきた。知り合いも友人もいない。ある夜彼が町を散歩していると、運河の橋で若い女性が泣いていた。Natalia(Maria Schell)という名で、一年前に恋人(Jean Marais)と再会する約束をして、毎夜この橋で待っているという。その日から彼らは毎晩会うようになり、Marioは次第に彼女に惹かれていく。3日目の夜2人はダンスホールで楽しい時間を過ごし、Marioは自分の気持ちを正直に告げたが、Nataliaは例の橋に向かって駆け出していった。Dostoyevskyの同名小説を映画化。第22回(1957年)のヴェネツィア映画祭で、金獅子賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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うわぁ、何、これ。突っ込み所満載で、主要人物の誰にも感情移入ができませんでした。こういう恋愛が理解できないし、Nataliaのかまってちゃんには、ただイライラするだけ。恋人とMarioの間で気持ちが大揺れすると言ったって、下宿人として来た男と恋人らしい付き合いがありましたっけ。馴れ初めのエピソードが殆どないのに、いつの間にか2人が恋人になっているという、その凄まじい端折りっぷりについていけない。

しかもつい昨日会ったばかりのMarioに自分の恋物語を話したり、恋人に手紙を渡してくれとMarioに託したり。グダグダ泣き言を垂れ流しているかと思えば、次の瞬間にはカラカラ笑っている。うわぁ、勘弁して下さい。情緒不安定で地雷がありすぎる。なのに、頭の中はお花畑。「1年も彼を待つ私って、何て健気なのかしら?」 ああ、面倒くさい。彼女の言動全てが、イタくて重過ぎる。そしてラストシーン。あれはないわ。

Nataliaに振り回されるMarioも、内気な青年とは言え、優柔不断で煮え切りませんな。それからMario役に抜擢されたMarcello Mastroianni。彼の醸し出す雰囲気が、Marioのキャラにはどうも合わない。違和感が募るばかりで、しっくり来ませんでした。ロシアからイタリアへ舞台を移したことに、無理があったのでしょう。


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「Natalia、僕は君を愛しているから、ここを離れるんだ。1年後に会おう」と言った恋人。「自分の気持ちを欺けない」と言って駆け出すNatalia。「束の間だったけど、いい夢見させてもらったぜ。あばよ!」と感謝するMario。この3人のことが、ホントに分かりません。


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Nataliaのキャラクターには大いに問題ありだけど、演じたMaria Schellはとても可憐で可愛らしかった。ダンスホールでいきなりMarcelloが、ロカビリーを踊りだした時には、「おいおい、どーしちゃった?(驚)」 Marioが世話になっている賄い付き宿の女主人の、その辺にいる庶民的なおばちゃん的風情に頬が緩み、Nino Rotaの素晴らしい音楽や、Marioにまとわりつく白い子犬や鳥小屋の鶏たちが、鑑賞から脱落しそうな私を救ってくれた。たびたび出てくるガソリンスタンドの看板ESSOが、庶民の町を演出するアイテムとしてなかなか良かったけれど、この作品に流れる空気とは何か微妙に違う・・・。


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by amore_spacey | 2018-03-02 00:22 | - Italian film | Comments(0)