カテゴリ:- Italian film( 262 )

鉄道員 (Il ferroviere)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (74点)

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【あらすじ】 50歳のイタリアの鉄道機関士Andrea Marcocci(Pietro Germi)は、末っ子のSandro(Edoardo Nevola)から英雄のように慕われているが、長女Giulia(Sylva Koscina)と長男のMarcello(Renato Speziali)からは、その厳格さや律儀で一徹な態度から敬遠されていた。しかしそんな彼らもやさしく献身的なマンマSara(Luisa Della Noce)のおかげで、毎日平穏に暮らしていた。そんなある日、娘の流産や息子の不良化に気になっていたAndreaが列車を運転していた所、彼の前に一人の若者が身を投げた。急いでブレーキをかけたが、間に合わずにその青年を轢いてしまう。(作品の詳細はこちら


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Andreaは絵に描いたような、昭和の頑固オヤジだ。融通がきかなくて厳格な男だが、家族を養っていくため、仕事一筋で真面目に頑張っている。そんな親心も露知らず、長女や長男は勝手なことばかりやって、おまけに自分(父)を煙たがっている。父親を慕い誇りに思うのは、末っ子のSandroだけ。Andreaの孤独や心の痛みを癒してくれるのは、仕事が終わったあと、行きつけの居酒屋で仲間と飲む酒だ。一杯入ると、がぜん機嫌が良くなり、ギターを爪弾きながら、仲間たちと歌う。父親を演じたPietro Germiが、メッチャカッコイイです。

パパが大好きなSandro。学校の成績はパッとしないけれど、愛嬌があって憎めず、家族だけでなくパパの同僚からも可愛がられている。大人の事情を鋭い勘で察知してしまい、「ここだけの話だよ」と口止めされたのに、やっぱり黙っていられないのと、姉(ねえ)ちゃんや大好きなパパのことが心配で、喋ってしまう。家の中の空気が、何かおかしいのを感じ取り、子どもだけど彼なりに色々考えて悩んでいるのだ。


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Sandroのマンマは、頑固な夫を支え、家族の問題に一喜一憂しながら、家族の要(かなめ)となって、家の中のことをテキパキこなす。次から次へと家族が問題を起こしても、アタフタ慌てずどっしり構え、大らかな母性愛で包み込んでくれる。Sandro少年や健気なマンマやがいなかったら、この家族はどうなっていたんだろう。


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Andreaの同僚で親友のGigi(Saro Urzì)や他の同僚たち、それから行きつけの居酒屋の主人たちも、人懐こくて明るく、人情味のある人たちばかり。だからAndreaが窮地に陥っても、1人だけスト破りしたAndreaを一度は村八分にするものの、まるで何もなかったかのように振る舞い、また以前のように付き合ってくれる。この人間同士のゆるやかな繋がりが、本当に心の支えになります。仲間が企画したクリスマス・イヴの素朴なサプライズにも、胸が熱くなりました。様々な蟠(わだかま)りが解け、最高のイヴを過ごした夫婦。2人だけになった静かな家で、Andreaはギターを爪弾きながら逝ってしまい、別室のSaraはそれに気づかないまま、幸せに満ちた表情で夫に語りかけるシーンは、涙を誘う。


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by amore_spacey | 2018-05-18 00:34 | - Italian film | Comments(0)

環状線の猫のように (Come un gatto in tangenziale)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

ちょっとだけネタバレ!

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【あらすじ】 ローマ旧市街に瀟洒な住まいを構え、シンクタンクで働くインテリのGiovanni(Antonio Albanese)と、多様な人種が混在する郊外で調理スタッフとして働き、日々の生活に追われるMonica(Paola Cortellesi)。生活環境が全く異なり、知り合うことはなかったはずの2人だが、彼らの子どもたちが好意を寄せ合い、付き合い始めたことから、やむを得ず交流することになる。(作品の詳細はこちら


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富裕層のエリートと言ったら、Pierfrancesco FavinoやFabrizio Gifuniをキャスティングしたいが、パッと見は冴えないAntonio Albanese、でも彼が動き出すや否や、その演技力にぐいぐい引き込まれ、最初の違和感を簡単に吹っ飛ばしてくれる。今回彼と共演するのは、Monicaに扮するサバサバ系女優Paola Cortellesi。身体中タトゥーだらけで、野球のバットをぶん回して、Giovanniの高級車のフロントガラスを叩き割る、という衝撃的な登場に、Giovanniでなくとも恐怖とショックのあまり言葉が出てこない。階級の違いによる「お育ち」の違いは、疑う余地なし!なのであります。


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格差のある家族ならではのお決まりのエピソードが、あとからあとから出てくる。が、退屈しない。これがもしRomeoとJulietの時代だったら、大切な娘に変な虫がつかないよう、娘を高い塔に幽閉したり、修道院に送り込んだり、はたまた下賎な男の子一家に濡れ衣を着せて、彼を島流しにするかもしれない。21世紀のローマではさすがにそんなことはないけれど、「あそこの家とは格が違うから…」という理由で、徐々に疎遠にされたり、破談になったりすることはまぁあります。

が、この作品の良いところは、格差社会を前向きにとらえていること。高所得者層代表のGiovanniは、統計上の数値だけでは見えてこない低所得層の暮らしぶりを、身を持って実感し、また階層で人を判断していた自分の尊大さに気が付く。一方低所得者層代表のMonicaも、ただぼやいているだけでなく、現状改善に乗り出し、郊外にピッツェリアを開く。


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格差社会が生み出す摩擦や軋轢など、深刻に捉えると重苦しくなるが、この作品は全てをひっくるめて、笑い飛ばして楽しもうというスタンスで描かれている。なので主役の2人もそれに応えて、軽くなりすぎないよう絶妙の匙加減をしながら、からりとした笑いに変えて素敵なコメディに仕上がっている。ところでMonicaの異母姉妹(双子?)として登場する、2人のポーランド人女性が、最強無敵です。脇役なのに、存在感ありすぎ(爆) 因みにタイトルの「環状線の猫のように」は、交通量の多い環状線で猫は生きられない(短命)ことから、あまり長続きしないことを意味する。インテリのGiovanniとタトゥー女Monicaの関係は、細く長く続くのか?環状線の猫のようにすぐ終わってしまうのかしら?


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by amore_spacey | 2018-05-03 01:12 | - Italian film | Comments(0)

イタリアの父 (Il padre d'Italia)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

ネタばれ少しあり!

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【あらすじ】 トリノで暮らすPaolo(Luca Marinelli)は、建築家になりたかったが夢叶わず、トリノの家具店で働いている。8年付き合ったMario(Mario Sgueglia)に振られ、傷心を抱えて、ある夜ゲイクラブにふらりと入った。そこで知り合った身重のMia(Isabella Ragonese)が体調を崩し、Paoloの目の前で失神してしまった。ロックバンドのバックシンガーで奔放に生きるMiaは妊娠6ヶ月だが、その子の父親が誰なのかはっきりしない。Paoloは父親捜しに巻き込まれるが、無軌道な旅を通じて自分自身を見つめ直していく。(作品の詳細はこちら


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Luca Marinelliの、たぶん1回だけ1人祭り。『皆はこう呼んだ「鋼鉄ジーグ」』『Non essere cattivo』で、切れっ切れのダーク・ヒーローを演じて、強烈な印象を残したLucaが、『来る日も来る日も』では善良で物静かなGuidoを、この作品では母親の愛や家族愛に飢えた孤独を抱えるPaoloを演じている。いやいや、もう演技の振り幅が驚異的に大きく、同一人物とは思えません。しかもダークや善良の演技に微妙な濃淡があり、彼の豹変振りが毎回嬉しいサプライズです。

サプライズと言えば、お人よしのPaoloに付け入って、彼を翻弄させるMiaという女が、見かけも性格もしっちゃかめっちゃかで、自由奔放とかルールに縛られないとか…そんな小綺麗な言葉にはおさまらず、見るからにすれっからしで、真っ当な暮らしをしていないのは明らか。Miaを演じるIsabellaが濃い化粧をすると、松金よね子に見えて仕方がない。というのはさておき、でもPaoloは、そんな彼女となぜか関わろうとする。Miaを見た時から、俺たち孤独を抱えて生きているよな、と感じ取ったのでしょう。


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PaoloはMiaのお腹の子のパパを捜す旅に、半ば騙された形で付き合わされるが、彼にしてみれば今までこんな非日常的な冒険などたぶん経験がなく、内心ワクワクしていたに違いない。このまま会社を辞めて、彼女と一緒に逃亡してもいいかな、なんて実はかなり本気で思っていたかも。

2人の珍道中で、Paoloはおそらく誰にも話したことのない、寂しかった幼少期のことをポツリポツリと語っていく。大人になった今でも、自分を孤児院施設に置いて出て行った母親の背中が、何度もフラッシュバックする。無口で孤独な少年だった。家族愛を知らずして大人になったPaolo。さて2人はトリノからローマ・ナポリまで一気に南下したはいいが、結局お腹の子のパパは見つからなかった。それでも旅は続き、2人はカラブリアにあるMiaの故郷の町へ行くのだ。


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そこでMiaのマンマや身内が、歓迎してくれた。いやぁ、カラブリア方言や訛りが強くて、彼らの会話がかなり聞きづらかった。字幕が欲しい。家族愛を知らないPaoloにとって、温かく迎え入れてくれたこの家は、とても居心地が良く、このままここに居ても構わないくらいだ。が、大人になってもMiaがあんなだから、マンマとの長年の確執が再び表面化し、Miaはまたもや家を飛び出してしまった。結局Paoloはトリノに1人で戻るが、数ヶ月後サプライズの電話が入る。そして彼は大きな決断を下す。今までわだかまっていた気持ちを、これで吹っ切ろう。彼のこれからの人生に、小さな希望の光が灯ったようで、ラストシーンを見ながら、心の底から応援したい気持ちで一杯になりました。


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by amore_spacey | 2018-04-26 03:19 | - Italian film | Comments(0)

来る日も来る日も (Tutti i santi giorni)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

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【あらすじ】 ローマ。ホテルのフロントで夜勤担当の博識で物静かなGuido(Luca Marinelli )と、昼間はレンタカー店で働きながら、夜は売れない歌手として地道な活動を続ける勝気で奔放なAntonia(Thony)。対照的な性格だが相性抜群のふたりは、Guidoの夜勤明けに毎日のように愛を交わしていた。ところが子どもを望むようになったことをきっかけに、ふたりの心は次第にすれ違うようになっていく。Simone Lenziの小説La generazioneを映画化。(作品の詳細はこちら


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夜勤が終わって帰宅すると、Guidoは淹れたてのエスプレッソとビスケットを持って、愛するAntoniaが眠る枕元に座り、本日の聖人にまつわるエピソードを語りながら、彼女を優しく起こす。このシーンがふたりの間で、毎朝繰り返される。わぁ、ロマンチック。毎日いいことがありそうな予感がします。タイトルのTutti i santi giorniは、「毎日まーいにち」「うんざりする(バカ正直な)くらい毎日」のように、「毎日」の強調語として使われる。

AntoniaとGuidoは、ささやかな出来事に幸せを見出しながら平凡に暮らす、どこにでもいる若いカップル。でも彼女が子どもを望み、不妊体質の判明から不妊治療が始まると同時に、何かが少しずつ壊れていく。ありがちなストーリーだが、主人公を演じた2人が素晴らしく、人の琴線に触れる作品となっている。特にAntoniaを演じたThonyがナイス。もともとは歌手だが、今回役者に初挑戦したとは思えないような、こなれた演技に目も心も奪われた。

何度目かの不妊治療に失敗したあと、「私ったら何やってるの?子どもばかりに拘らなくたって、まわりをみれば幸せはいろんな形であるじゃないの」と一旦は頭を切り替える。でも心の底に閉じ込めた本音を偽ることができず、再び気持ちは揺れ動く。そんな心の動きが手に取るように、胸が痛くなるくらい分かるんですよ。彼女の語りかけるような歌(歌詞もいい)が、いつまでも耳に残る。彼らが人知れず抱える心の痛みや静かな哀しみ、それを受け止めきれない不甲斐なさ、相手に対する深い慈しみやひたむきな思いなど、言葉にならない感情が2人の間を行き来しながらも、傷ついた心をそっと癒してくれる優しさが、そこにはあった。


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不妊の原因は自分にあって、常にAntoniaは「相手に申し訳ない」「全部私が悪い」という罪の意識に囚われる。だから、「僕たちの子どもなんかいなくたって、幸せに変わりはないよ」と諭すGuidoの言葉も、気休めにしか聞こえない。そんな必要も理由も全くないのに、全てを1人で背負い込もうとして、さらに自分を追い込む。で、Antoniaの場合は自棄(やけ)になって元カレJimmy(Giovanni La Parola)と寝たり、いきなり姿を消してJimmyと同棲したりして、頭の中はぐちゃぐちゃ。このJimmyってヤツが、良い意味のKYで、クスッと笑わせ、緊張を解いてくれました。


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こんなAntoniaにGuidoは激怒するどころか、彼女のナイーブで繊細な感情を傷つけまいと気遣い、決して土足で踏み込まない。彼女の話をきちんと聞き、辛い思いを正面から受け止め、共感しようとする。もうね、Antoniaのことが好きでたまらないんです。だから大学教授になることもできたのに、彼女のために断念した。折り目正しく理性的に生きている彼にとって、自由に生きるAntoniaは異質だけど憧れの存在であり、傷つきやすい彼女にとって、善良で温厚で真面目なGuidoは、心の支えになる人。彼らは互いに無くてはならない、かけがえのない存在だ。終盤に明かされるふたりが出会った夜のエピソード、これがとてもロマンチックで、優しい余韻を残してくれました。


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by amore_spacey | 2018-04-21 01:12 | - Italian film | Comments(0)

世情 (La Tenerezza)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (76点)

ネタばれあり!

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【あらすじ】 心臓発作を起こして入院していた77 歳の元弁護士Lorenzo(Renato Carpentieri)は、退院後ナポリにある自分のアパートに戻る。自宅のある最上階に上っていくと、Michela(Micaela Ramazzotti)が階段に座っていた。向かいに住む彼女は鍵を忘れて出てしまい、アパートに入れないという。これがきっかけでMichelaや彼女の夫Fabio(Elio Germano)や2人の子どもたちと交流を持つようになった。Lorenzoには娘Elena(Giovanna Mezzogiorno)と息子Saverio(Arturo Muselli)がいるが、妻を亡くした頃から疎遠になり、彼は1人このアパートで暮らしている。(作品の詳細はこちら


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タイトルを直訳すると、「優しさ」「ふんわりした柔らかさ」「ほろりとさせる様子」。だからナポリに暮らす人々の、心の交流を描いた心温まる作品だと思った。が、元弁護士Lorenzoと隣人家族の、ぎこちないけれど微笑ましい交流が始まった矢先に、全く予期せぬ悲劇が起きて、「えーーっ?」と同時に気持ちも急降下↓↓↓ 心の準備が全く出来ていなかったから。Elio Germanoの存在が、不穏で陰鬱なのだ。彼が演じる役といったら、いつキレる分からない危うさを孕んだ不安定なキャラが多く、皮肉なことに上手すぎるのが難点で、何とも嫌ァな気持ちになる。でもでも好きな役者ですから、頑張って最後まで観ました。


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Lorenzoは現役で働いていた頃、非常に有能な弁護士ではあったが、あまり大きな声では言えないような、相当汚れた仕事もしてきた。肩書きを利用したあくどい方法で、生命保険などを騙し取る片棒を担いだこともあった。だから今でも評判が全く宜しくない。私生活でもダメ夫、ダメ父親。血の通った人間というぬくもりが感じられません。

彼には愛情が欠落していたのかもしれない。愛情などという面映いものを嫌っていた、もしくは他人に無関心だった、または単に不器用な人だったのかもしれない。とにかく人に囲まれていながら、常に孤独な人だったに違いない。そんな彼の凍りついた心をゆっくりとかしていったのが、Michelaだ。彼自身が戸惑ってしまうほど、抑えきれない衝動に突き動かされ、彼女の父親と偽ってまで病院に通い、彼女の傍らに座って、ひたすら語りかける。天涯孤独の彼女に、Lorenzoは自分を重ねたのだろうか。自分の分身のような彼女に、生きていて欲しいと心の底から願った。たぶん家族にも愛人にも、誰にも抱いたことのない熱い感情を、生まれて初めて全身で味わう。

人間味がないと言えば、Lorenzoの愛人や息子のSaverio、それからFabioのマンマの、余りにもそっけなく人生を割り切っている姿に、ある種の潔さを感じたが、共感はできませんでした。唯一娘のElenaが救いになっている。互いの誤解が解けたあと、心のわだかまりも消えていくに違いない。そうあってほしいと願う。


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これで人を傷つけてきた過去のすべてが帳消しになるわけではないけれども、彼にとっては精一杯の懺悔であり、今まで妻や子どもたちのことを省みなかったことへの、彼なりの罪滅ぼしでもあったのだと思う。このドラマの舞台となったのが、カオスの町ナポリ。人間臭く生活感が溢れる、猥雑としたナポリの路地裏である。スプレーの落書きで埋め尽くされた壁や、薄暗くて細い路地。どこから突っ込んでくるか分からないスクーターやバイクの群れ、信号無視、洗濯物がひらめくスペイン地区、たくさんの教会…。あの町の雰囲気にピッタリの作品だ。


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by amore_spacey | 2018-04-17 01:22 | - Italian film | Comments(0)

終着駅 (Stazione Termini)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 アメリカ人の若い人妻Mary(Jennifer Jones)は、妹を訪ねてローマにやって来た。数日間町の見物をしたが、そこで英語教師のGiovanni(Montgomery Clift)と知り合い、激しい恋に落ちる。しかし夫や娘のことを思い、アメリカに帰国することに決めたMaryは、引き裂かれるような思いでテルミニ駅に来た。そこへGiovanniが駆けつけるが、慌しく哀切に満ちた別れは、刻一刻と迫ってくるのだった。(作品の詳細はこちら


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子どもの頃、たしか親と一緒に観たような気がする。テルミニ駅で繰り広げられる悲恋物語に、両親は深く感動していたけれど、陰気で辛気臭いMontgomeryに私はうんざりしてしまった。これを観るのは2度目だが、どうしても彼が苦手。だから彼のやることなすこと全てが、癇に障る。Mary から紹介された甥っ子Paulを、彼はにこりともせず無愛想な顔で見る。甥っ子のほうがよほど大人で紳士だ。入線してくる電車の前を横切る暴挙や、女性の頬を引っ叩くのは、全くありえない行為。短期で粘着気質な男だ。重箱の隅っこ的だけど、動き始めた列車から飛び降りて転んだ彼を心配して、助け起こしてくれた男性に、お礼すら言わないなんて、つくづく残念すぎる。こんな男に恋するなんて、異国の旅という非日常の魔力は捉えどころがない。


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と、初っ端から言いたい放題ですが、若妻を演じたJenniferはとても魅力的で、あちこち揺れ動く女心を切なく見せてくれました。でもこの2人の恋に落ちる経緯が描かれていないので、ほとんど感情移入ができず(不倫相手がMontgomeryだから尚更)、「うーん、私だったら頬を殴られた時点で、ゲーム終了ですが…」と気持ちが冷める。アメリカに帰国するのに、手ぶらでテルミニ駅に来ちゃっているMaryも、何だかよく分かりません。


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感情移入できない2人の悲恋物語より、テルミニ駅を行き交う人々やそこで働く人々のほうが、何倍も楽しく活気に溢れて面白かった。いつも公衆電話の前にいる、オレンジを持った胡散臭いおやじ(Paolo Stoppa)、兵士たち、恰幅のいい聖職者たち、家族連れ、気分が悪くなった妊婦やその夫、切符売り場や電報局の職員、荷物のカートを押す職員、駅の公安委員や警官や警察署長。何かあるとわらわら集まってくる人々。バールや食堂のカメリエレ、構内アナウンス、ガヤガヤした雰囲気。警察に向かう2人を、野次馬根性丸出しでジロジロ見る人々。当時の大きなお札や、今と少しも変わらないテルミニ駅の外観。旅は日常生活を忘れさせてくれる。旅の出発・終着となる駅や空港は、人の心をそぞろにさせる。また旅に出たくなってきました。


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by amore_spacey | 2018-04-14 02:16 | - Italian film | Comments(0)

The Place

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

ネタばれあり!

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【あらすじ】 バール『The Place』の一番奥の席、いつも同じこの席に、毎日どの時間に行っても、1人の男(Valerio Mastandrea)が座っている。テーブルにはぎっしり書き込まれた、黒い革の分厚い手帳が1つ。そこで食事をしたり珈琲で一服したりする彼のもとには、何人ものクライアントが入れ替わり立ち代わりやって来る。男は彼らの願いを聞き、それを叶える条件として、それぞれに特異な任務を与える。はたして彼らは、任務を遂行できるのだろうか?男が任務を与える理由とは?アメリカのテレビドラマ「The Booth at the End」にインスパイアされ映画化。(作品の詳細はこちら


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The Placeの赤いネオン。間もなくそれがバールだと分かる。カメラはバールの中へ、そして一番奥の一角に向かう。映画が終わるまで、カメラはそこに固定されたまま。だから舞台劇に近い。そこで1人の男が誰かと、向き合って話をしている。2人がどんな関係にあるのか分からない。次のシーンでは、男が別の女性と話している。というより、女性が顔を歪めながら、何かを必死に訴えるのをひとしきり聞いている。そして男はおもむろに分厚い手帳を手にとってパラパラ頁をめくり、何かを書きつけたあと、諭すようなしかし確固とした口調で女性に言葉をかける。


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そんなシーンが幾つも続くと、この男の存在が気になり始める。セラピスト?精神科医?胡散臭い宗教の勧誘?スピリチュアル系?人間の好奇心を刺激する、謎めいた男に扮するValerio Mastandreaが、絶妙で上手い。演じるというより、役者ではない素顔の彼がふらっとバールに来て、そこに座っているような自然さ。物憂げで気だるい所作や、苦渋に打ちひしがれた張りのない表情も、シナリオに沿って演じているのではなく、その日の様々な出来事が彼をそうさせているようだ。彼は善良なのか、邪悪なのか?そんなことをつらつら考えているうちに、気がついたら、バールの片隅に作り上げられた男の小さな世界に、引きずり込まれていた、という素晴らしい展開。さすがPaolo Genovese監督だ。


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瀕死の子どもを救いたい父親に、「人を殺しなさい」。神の声が聞こえなくなった修道女に、「妊娠しなさい」。アルツハイマーの夫を救いたい高齢の妻に、「バールに爆弾を仕掛けなさい」。視力を取り戻したい目の見えない青年に、「女性を強姦しなさい」。美しい容姿になりたい若い女性に、「強盗をしなさい」 …。男がそれぞれのクライアントに与える任務は、どれもこれも犯罪ばかり。しかも一見無関係に見える彼らが、どこかで繋がっているから、任務を遂行することで願いが叶う人もいれば、それによって悲劇を被る人も出てくる。表裏一体の任務。男は幸せの使いなのか?不幸の使いなのか?

しかしクライアントたちは、その関連性を知らない。絶望の淵に立つ人々が、自分のエゴのために、いけないと知りつつ犯罪に手を染めるのか、いやそれは幾らなんでも人間としてダメだと思いとどまるのか?エゴと願いを天秤にかける。究極の選択を迫られた時、人間性が深く試され、その人の本性が明らかになる。

クライアントたちはバールの男のところに何度も戻ってきては、任務を完遂させるための進行状況や、気持ちの変化を語っていく。カメラはバール内部しか映し出さないから、私たち視聴者は彼らの話や表情を手がかりに、背景にあるドラマや、映像として登場しない彼らの暮らしぶりや人間関係や心情など、様々なことを想像しつつ、作品の展開をそっと見守る。


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ところで男はこのバールにいて、人の話ばかり聞いているが、彼自身は自分の人生に満足しているのか?はけ口はあるのか?という疑問がふっと湧いて来る。大丈夫、このバールで働くAngela(Sabrina Ferilli)が、とびっきりの笑顔とある方法で、この男を癒してくれるんです。それは映画を観てのお楽しみ。


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by amore_spacey | 2018-04-11 01:11 | - Italian film | Comments(0)

Ovosodo

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (74点)

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【あらすじ】 奥手でおとなしい高校生Piero(Edardo Gabbriellini)は、LivornoのOvosodo地区で暮らしている。幼い頃に母親を亡くしたが、父親はさっさとMara(Monica Brachini)と再婚して、女の子が生まれた。ようやく家族5人で落ち着いた日々が続くかと思いきや、父親は窃盗罪で刑務所に送られてしまう。1997年ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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思春期真っ只中のPieroは、シャイでちょっぴり奥手の高校生だ。家の中は常にゴタゴタしていて、居心地が悪く、ちっとも気が休まらない。自分の気持ちをぶちまけたい実の母親も、この世にいない。女の子との付き合い方も良く分からず、心の中はもやもや。この先ボクは、いったいどうなるんだろう?この作品はそんな彼の成長記であり、彼の人生を変えた人々の話である。

両親や兄弟やアパートの住人たち、単なる幼馴染から恋愛関係に発展していったSusi(Claudia Pandolfi)、幼い頃の懐かしい風景や思い出、勉強の大切さを教えてくれた中学の教師Giovanna(Nicoletta Braschi)、高校の同級生で親友になったTommaso(Marco Cocci)、初恋相手のLisa(Regina Orioli)のことなどが淡々と描かれ、あんなに頼りなかったPieroが、映画が終わる頃には結婚して家庭を築いている。青春時代の荒波をのり越え、様々な経験を経て、やっと居心地の良い場所を見つけた。ぐんと大人になった表情が、逞しく清々しい。Pieroを見つめる監督の眼差しが、これまた優しくて温かい。


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舞台となったLivornoは、Paolo Virzì監督の故郷であり、タイトルのOvosodo(固ゆで卵=uovo sodoが訛った)地区はとても庶民的な界隈である。向かい合ったアパートには労働者階級の家族が暮らし、住人たちはみんな顔見知りで、互いに助けあって暮らしている。だからちょっとしたことも筒抜けで、噂になって知れ渡ってしまう。窓からは食器の触れる音やテレビの音、赤ちゃんが泣く声や夫婦喧嘩などが聞こえてきて、隣人の暮らしぶりが手に取るように分かる。一昔前のイタリアのありふれた日常が、丁寧に描かれている。

そんな界隈で育ったPieroだから、素朴で人が良く、彼の持つ雰囲気は穏やかだ。医者や弁護士の子息子女が通う由緒ある高校に通っているが、父親が刑務所に入っているPieroは、異質の存在である。でもそこで彼は捻くれたり腐ったりしない。クラスのみんなもハブったりしない。それどころかイタリア語が得意な彼を、みんなが頼りにしている。取り繕ったりしない誠実で素直な姿に、ほっと気持ちが安らぐのです。


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by amore_spacey | 2018-04-02 02:34 | - Italian film | Comments(0)

君が望むものはすべて (Tutto quello che vuoi)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (83点)

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【あらすじ】 ローマの下町に暮らす22歳のAlessandro(Andrea Carpenzano)は、不良仲間とつるんで無為な日々を過ごしている。ある日彼は喧嘩騒ぎで、警察の厄介になってしまった。そんな息子に業を煮やした父親(Antonio Gerardi)は、85歳になる詩人Giorgio(Giuliano Montaldo)を散歩に連れ出す仕事を見つけてくる。
初めはいやいやだったが、やがて詩人の人柄に惹かれていき、彼との散歩が楽しみになってきた。Giorgioの家に何度も通うようになったAlessandroは、ある部屋の壁に十字架とGiorgioの書いた詩を見つけた。それを手がかりに、GiorgioとAlessandroと不良仲間たちは、宝探しにトスカーナの小さな村へ向かう。(作品の詳細はこちら


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「ボケた爺さんの散歩の相手?冗談じゃねぇよ」と思ったAlessandroが、Giorgioの世界にぐいぐい引き込まれていく。老詩人の存在が彼の中で、どんどん大きくなっていく。その描写がいかにも自然で、心にすっと入ってきた。基本的には心根の優しい人たちだから、観終わったあとじんわりと温かい気持ちになる。

Giorgioは初期のアルツハイマーで、色々なことをすぐに忘れてしまうし、途中で話の辻褄が合わなくなったりすることなど日常茶飯事。だけどユーモア溢れる素敵な紳士で、ちょっととぼけた言動(本人はいたって真面目)が、これまたお茶目で可愛いのです。そんな彼の前では、突っ張ったAlessandroも調子が狂ってしまう。


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Alessandroの母親は彼が幼い頃亡くなり、間もなく父親に恋人が出来て、3人一緒に暮らしている。甘えたい母親はいないし、父親はさっさと新しい女を作ってよろしくやっている。彼にしてみれば、家に帰っても心の拠り所はなく、自分だけ置いてきぼりにされた疎外感しかない。人の温もりや愛情に飢えている。だから不良仲間とつるんで、怒りや寂しさを埋めるしかない。

けれどGiorgioと親密になるにつれ、Alessandroの乾いた心は潤い始め、頑な心がどんどん自由になっていく。自分が老詩人を助けているとばかり思っていたのに、頼りにしていたのは実はAlessandroだったんだなァ。Giorgioならボクの話を聞いてくれる、彼なら分かってくれる。封印していた様々な思いが一気に噴出して、Alessandroは老詩人の膝の上で子どものように泣きじゃくる。ああ、目頭うるうる、思わず私も泣きそうになりました。


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不良仲間たちがこの家にふらりとやってきて、そのままたむろすようになっても、人を信頼出来るGiorgioは追い払ったりしないし、勝手に色んな部屋に出入りしても、頭ごなしに叱ったりしない。いやいや、それどころか一緒に話をしたりゲームをしたりして、楽しい時間を過ごす。小さな楽しみを見つける達人なのです。住む世界も世代も違うのに、借りたライターを見て、「おや、ローマのファンなのかい?私も好きなんだよ」とさりげなく、距離を縮められる頭の良さ。こんなおじいちゃんがいたら、来なくていいと言われても、毎日通っちゃうね。Giorgioに出会ったAlessandroや不良仲間たちは、まったくしあわせな奴らだ。


 
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by amore_spacey | 2018-03-26 02:57 | - Italian film | Comments(0)

妻と夫(Moglie e marito)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 脳神経外科医Andrea(Pierfrancesco Favino)とテレビキャスターSofia(Kasia Smutniak)は結婚して10年になり、2人の幼い子供がいる。傍から見れば幸せな家族だが、子育てや仕事に忙殺され、離婚を考えるほど2人の関係は悪化し、夫婦でカウンセリングを受けていた。Andreaは同僚のMichele(Valerio Aprea)と一緒に、互いの思考を移転できるような機械を研究している。が、ある日それを使って、Sofiaと2人で試験的に実験をしていると、突然不測の事態が起こり、気がついたら互いの体と心が入れ替わっていた。(作品の詳細はこちら


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身体が入れ替わったり、子どもの頃に戻って小さくなったり(子どもが大人になったり)する作品は、アメリカ映画やアニメではよくあるが、イタリア映画では珍しいかもしれない。バカバカしいと思いつつ、Pierfrancescoの演技を楽しみにしていた。互いに入れ替わってしまったとはいえ、社会生活は通常通りなので、当然あちこちでトラブルが発生する。フェミニストだったSofiaが、番組の中で突然フェミニストを叩きはじめ、スタッフはビックリ仰天で大慌て。一方AndreaはMicheleと進めていた研究の資料を、Micheleの許可なくライバルに渡して、研究を横取りされてしまう。


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この手の映画の見所は、入れ替わったあと、どれだけ入れ替わった当人らしく振舞うか?どんなトラブルが起きるか?元に戻ることができるのか?にあると思う。特に入れ替わった役者の演技力次第で、作品が面白くも退屈にもなる。Sofia扮するKasiaが演じたAndreaは、う~ん、かなり痛々しいものがあり、お尻の辺りがむず痒くなってくる。Andrea役のPierfrancescoのSofiaは、期待を裏切らずウィットに富んで、分かっているのにいちいち面白おかしく、彼のお陰で作品として何とか成り立ったんじゃないかとさえ思う。まぁ、女性が男性を演じるより、男性が女性を演じたほうが、意表を突いて面白いのは確かだけど。

ゴツくてマッチョで厳(いかめ)しいPierfrancescoが、綺麗で可愛らしい女性を演じる。彼のフィルターを通した女性像は、定番でありがちなんだけど、実に上手く笑わせてくれる。彼の舞台Servo per dueを観た時も思ったが、演じることが本当に好きで仕方がない、人を笑わせたいというエネルギーやエンターテイナー魂に満ちている役者だ。


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互いの思考が移転できる機械。これがね、当事者たちは大真面目なんだけど、小学校の夏休みの科学研究で作ってみました的な代物で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクなら、嬉々として飛びつきそう。あれを撮影用に作った人も、愉快なキャラなんだろうなと思わせる。

Sofiaのメイク役の青年(画像下)が、なかなか良い味を出していた。すごく綺麗でイケメンだけど、少々女っぽくて、やる気があるんだかないんだか?のダルい雰囲気が、彼そのものでいいんだわぁ。これ、誰?名前は?ちょっぴりJonathan Rhys-Meyersに似て、官能的なオーラがダダ漏れなのに、世の中投げてる風なところがチグハグでおかしい。


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by amore_spacey | 2018-03-23 00:35 | - Italian film | Comments(0)