<   2018年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ファイティング・ダディ 怒りの除雪車 (Kraftidioten)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

ネタばれあり!

e0059574_142880.jpg
【あらすじ】 ノルウェー中部の小さな町に暮らす除雪車の運転手Nils(Stellan Skarsgård)は、妻と大学生になったばかりの息子の3人家族で、ささやかに暮らしていた。しかしある日息子が急性薬物中毒で死んだと知らされる。麻薬常習者ではない息子の死因に疑問を抱いたNilsは、調査を進めていくうちに、地元の麻薬組織絡みの犯罪であることを突き止めた。そして息子を殺した麻薬組織に復讐すべくたった1人で奔走するが、それが地元のギャングのボスCount(Pål Sverre Hagen)とセルビア系マフィアのボスPapa(Bruno Ganz)の間に火をつけ、Nilsは麻薬抗争に巻き込まれていく。(作品の詳細はこちら


e0059574_143999.jpg
ノルウェーの上質なB級ブラック・コメディ。適度に緊張感があり、その端々に独特のブラック・ユーモアを挟む。ここで笑わせてやろうという魂胆はまるでなく、本人たちは大真面目だから、ギャップが却って可笑しい。それから韓国や日本の裏社会の抗争は、血や汗にまみれて汚い感じがするのに、真っ白な雪に覆われた舞台で繰り広げられる北欧の抗争は、語弊を招く言い方ですが、クールできれいな印象さえ受ける。あくまでも、印象、です。実際は血まみれ汗まみれなんですけどね。苦笑


人が死ぬたびに画面が暗転して、十字架・あだな・本名のフルネームが掲げられる。これがとても斬新。一瞬しか出てこないような、「お前、誰だっけ?」な人まで弔うかと思えば、大量死を十把ひとからげで弔ってやるこの大雑把さ。滝から落とされる瞬間、死体が「アーーー」と叫んでいるように見えるのも、ブラック・コメディの流れだからだ。


e0059574_144851.jpg
一癖も二癖もある登場人物ばかりだが、中でもギャングのボスCountは強烈だ。ギャングと言ったら肉食系だろ?なのに彼ときたら、超真面目な菜食主義者。だが頭に血が上りやすく、ピストルぶっ放して部下を殺してしまう。妻との離婚訴訟もなかなか進まず、常にピリピリ&イライラ。チンピラ上がりで、肝っ玉が小さく薄っぺらい男だ。


e0059574_145812.jpg
駄々っ子のようなCountとは対照的に、Papa(Bruno Ganz)にはマフィアのボスらしい風格がある。が、妙に臆病だったりするから、そのアンバランス加減が笑える。成り行き上Nilsの除雪車に乗り込んでしまってから、Nilsが自分の敵なのか味方なのか分からず、挙動不審になるPapa。ボスだったらもっと毅然としてくれよ。『ヴェニスに 恋して』から年月が経って随分老けたが、飄々としたBruno Ganzの持ち味は今なお健在で嬉しい。



第三回プラチナブロガーコンテストを開催!
[PR]
by amore_spacey | 2018-11-13 01:08 | - Other film | Comments(0)

Un coeur en hiver (愛を弾く女) 

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (72点)

e0059574_2363132.jpg
【あらすじ】 美貌の新進ヴァイオリン奏者Camille(Emmanuelle Béart)は、ヴァイオリン工房を経営するMaxime(André Dussollier)と不倫の仲である。Maximeと組んで一緒に仕事をするStéphane(Daniel Auteuil)は、音に関して優れた感覚を持っており、Camilleの持ち込んだヴァイオリンの魂柱をわずかに細工しただけで、彼女の望み通りの音を生み出して驚かせた。自分に注がれるStéphaneの強い視線を意識し、Maximeとでは味わえない高揚感に、CamilleはMaximeに別れを告げ、Stéphaneに愛を告白するが、彼は「君のことを愛してはいない」と言う。(作品の詳細はこちら


e0059574_2364031.jpg
この作品の主人公はStéphane。一歩踏み込んで人間関係を深めることを恐れる(嫌う?)屈折した心の内を、様々なエピソードと共に綴っている。彼の繊細な心や研ぎ澄まされた感覚は固い殻で覆われ、なかなか掴みづらく、寡黙な彼の口から出てくる言葉は、ぶっきら棒で愛想がない。頭の中では何千ものことを考え、心の中でどんなに葛藤や悲しみに苦しんでいても、口から出るのは、「愛していない」の一言。その説明や言い訳もないから、言われた側は衝撃的で辛い。

Stéphaneの相手が、天才的にその場の空気が読める人だったり、包容力のある人間性豊かな人だったり、逆に全く無頓着で鈍感な人だったら、あんな修羅場にはならなかったでしょう。が、相手はCamille、音楽で自己表現する情熱的な女性です。自分の気持ちに嘘がつけない。一歩踏み出したら、もう止められない。Stéphaneへの愛を抑えきれなくなり、情熱に身を任せて押しまくって来る。狂おしいまでの激しさで、彼に迫ってくるのだ。Stéphaneの気持ちも知らないで…。炎と氷の対決ですが、結局彼は自分の世界にとどまることを選んだ。


e0059574_2372169.jpg
そう考えるとHélène(Elizabeth Bourgine)は彼にとって、気の置けない女ともだちだったのではないかしら。彼女もStéphaneタイプの人間で、他人の領域にズカズカ踏み込んで来ないが、話はきちんと聞いてくれて、的確なアドバイスもくれる。

いびつな彼を丸ごと受け止めたのは、恩師のLachaume(Maurice Garrel)だ。恩師の前では、素の自分でいられる。その恩師の最期の願いを聞き入れることが、真の愛情というもの。安楽死の注射を誰も出来なかった中で、無言のまま注射を打ったStéphaneは、罪悪感に咎められることなく、開け放った窓から青空を見上げる。2人の絆は永遠だ。


e0059574_237739.jpg
理解に苦しんだのは、愛する女性が友人の事を好きだと感づいた場合、普通なら嫉妬を覚えるはずだが、Stéphaneに彼女を譲ろうとしたMaximeの意図だ。他の男に心を奪われた女性と関係を続けても、カッコ悪いし虚しいだけだから?これがフランス的なスマートさなんですか? 「お前、いい加減に目を覚ませよ」と言わんばかりに、MaximeがStéphaneを殴りつけるシーンも、「愛に縁遠いお前を思い遣って…」という愛のムチだったのか。Maximeはクールで洗練されているし、恋愛経験も少なからずありそうだ。そんな彼が仕事仲間・友人として一目置くStéphaneのことを、頼りない弟のように気がかりになるのも分かる。でもこういう余計な配慮を、私はして欲しくないな。空気を先読みして、勝手なことをしないで下さい。


e0059574_2373499.jpg
スタジオ録音の休憩時間にStéphaneとCamilleがビストロに行くシーンは、とても小粋で素敵でした。早く先に進みたいという熱い思いで雨を見上げる彼女、自分とは関係のない世界を薄いベール越しに見ているような彼。軒下で雨宿りする2人には、この先交差することのない前兆が、この時すでにあったのだと思う。実生活での彼らが2年で離婚したのも、同じような経緯があったのかしら?



第三回プラチナブロガーコンテストを開催!
[PR]
by amore_spacey | 2018-11-11 02:38 | - Other film | Comments(0)

追想 (On Chesil Beach)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (72点)

e0059574_125468.jpg
【あらすじ】 1962年夏、歴史学者を目指すEdward(Billy Howle)と若きバイオリニストFlorence(Saoirse Ronan)は、結婚式を終え新婚旅行でドーセット州のChesil Beachを訪れていた。ビーチ近くのホテルの部屋で食事をする新婚の2人は、初夜の興奮や不安などさまざまな感情に襲われる。会話が緊迫して気まずい空気になり、2人は口論を始めてしまう。ホテルを飛び出して行ったFlorenceをEdwardは追いかけるが…。Ian McEwanの小説を映画化。(作品の詳細はこちら


e0059574_13844.jpg
新郎新婦がどちらも初体験で、しかも新婚初夜の描写にかなりの時間が割かれている。となると、緊張のあまり彼らがぎこちなくなればなるほど、突っ込み所も増え、撮り方によってはコメディになりかねない。紙一重のところで若い2人の気持ちに寄り添っているが、彼らが新婚だと知って、ちょっと舐めた感じで給仕をしたり部屋を出ると笑っていたルームサービスのスタッフたちは、全くの部外者だからつい茶化したくなるってもんです。2人のぎこちなさや間の悪さに、何か、こう、もどかしくイライラしてじれったくて、私も突っ込みながら観ていました。

性がタブー視された閉鎖的・保守的な時代だったとはいえ、もし彼らがあっけらかーんとした楽天的な性格なら、初夜の失敗を笑って済ませたのではと思う。ところがこの2人の結婚生活は、それが原因で一晩で破綻した。心身ともに未熟で、生真面目すぎたんでしょうね。Edwardは教師の息子で母親は事故(あのシーンには笑った)で脳に障害があり、長男の彼は彼女の奇行に翻弄されてきたから、やや情緒不安定で寡黙だ。Florenceは裕福な企業経営者の娘だが、父親は傲慢で有無を言わせず、母親からは母性愛を感じられない。2人が育った家庭には、彼らの人格形成に影を落とすような環境があったことは確かだ。FlorenceもEdwardのことをとても愛していたが、それとなく下に見ていた節(ふし)がある。彼女のクールなところは、ツンとすました母親にも似ている。


e0059574_132177.jpg
そしてビーチでの2人。切なくなるような曇り空に細長くのびる砂嘴、足をすくわれそうになる玉砂利のビーチ、木の舟にぽつんと座ったFlorence、向こうからゆっくり歩いてくるEdward。とても印象的なシーン。しかしここが、修羅場の舞台となる。抑えていたものが一気に噴出し、互いに激しく口論。ヒートして相手を思いやる余裕などなく、取り返しのつかない言葉を投げ合う。愛していると言いながら、結局は自分のことしか考えられない。あのシーンの少々高圧的な彼女は、傲慢な父親の姿にそのまま重なる気がする。


e0059574_134193.jpg
何度か出てくる、Florenceが舟の上で父親に厳しく叱咤されているシーンは、父親の性的虐待を匂わせるようだけれど、これに関してはそれっきりなので、彼女の断片的な思い出の1つとして取り上げられたに過ぎないのか?性的虐待が実際にあったのか?はっきりしない。どちらにしても高圧的な父親のもとで、彼女は萎縮して育ったのは明らかだ。破綻した原因や責任は両者にあると思うが、私はEdwardがちょっと可哀相でならない。と言うより、Florenceという人間が、よく分かりません。13年後と35年後の2人のシーンは、必要なかったのでは。年月を経てもEdwardはFlorenceのことを忘れていない、それどころか時間薬で過去の苦い思い出は美化され、彼女に対する淡い思いを引き摺っている。それが言いたかったのか?意図がはっきりしない。

Bach・Haydn・Mozart・Beethoven・Schubert・Rachmaninovの室内楽や交響曲が素晴らしく、とても居心地の良いひとときを過ごすことができたので、音楽だけならお気に入り度は100点満点。



第三回プラチナブロガーコンテストを開催!
[PR]
by amore_spacey | 2018-11-09 01:12 | - Other film | Comments(0)

フリック・ストーリー (Flic Story)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

e0059574_01100138.jpg
【あらすじ】 凶悪犯Emile Buisson(Jean-Louis Trintignant)が脱獄した。フランス国家警察局のRoger Borniche(Alain Delon)刑事は、Emileの逮捕に乗り出し、密告からつかんだ彼のアジトを襲撃する。しかしEmileは彼をあしらうように逃亡し、刑事の協力者を次々と殺害していく。Roger Bornicheが残したフランス史上最凶の殺人犯Emile Buissonの捜査手記をもとに映画化。(作品の詳細はこちら


e0059574_01210767.jpg
e0059574_01213266.jpg
フリックとは、フランス語で「警官」「刑事」の俗語で、「ポリ公」「デカ」にあたるらしい。 『リスボン特急』の時と同じように、今回も刑事役にAlain Delon。いやいや、こんなにハンサムで何をやっても様になる中年刑事って、実際にはいませんよ。タバコを吸う仕草なんぞは、一連の流れるような所作に見入ってしまった。

恋人Catherine(Claudine Auger)への愛情表現もこなれたもので、手の甲から指先でやさしく髪を撫でる仕草は、見ているだけでとろけそうです。上司の悪態をつく時の口調など、普段もこんなだろうなと思わせる。仕立てのよいスーツにオリーブグリーンのトレンチ・コートを羽織った姿は言うまでもなく、グレーのタートルネックにツイードのジャケット+ハンチング帽子といったラフな格好もサマになり、ストーリーそっちのけで、彼ばかり追っていた。


e0059574_01214632.jpg
一方Trintignantが演じる凶悪犯には、得体の知れない不気味な暗さがあり、血も涙もない冷酷非情な存在だ。彼は強盗殺人を繰り返すだけでなく、裏切ったと思った仲間も容赦なく射殺する。人間として肝心なものが欠落しているのか、その極悪非道っぷりには恐れ入る。彼の死んだような目と合ったが最後、誰もが凍りついてしまうんですよ。コヤツは逃げ足も速いから、なかなか捕まえることができず、Alain扮する刑事がイライラする訳だ。2人の立場は正反対だが、感情に飲まれず、冷静な判断を下して突き進んでいくところは、よく似ている。


e0059574_01221021.jpg
本作品は犯人側と刑事側の状況が交互に描かれるので、私たちは事件の経過を両方から追うことが出来る。で、両者は田舎のレストランで対決するのだが、逮捕直前のあの緊迫感といったらない。食事を待つ間、CatherineがレストランのピアノでLa Vie en roseを爪弾く、その音色に誘われるようにして、レストランに現れたTrintignantは、ピアノの傍らで聞き入る。そして「Piafを…」と彼女にリクエスト。ほんの束の間の安らぎ。固唾を呑んで見守る私たち。この和やかな雰囲気がいつ破られるのか、ドキドキハラハラで、息詰まるような緊張が走る。

前のめりに歩く足下がクローズアップされる、オープニングもなかなかいい。歩き方から、Alainであることがすぐに分かる。終戦後の日常のパリの風景も、肌理(きめ)細かく演出され、目を楽しませてくれる。そして注目すべきは、AlainとJean-Louis Trintignantの初共演だ。全くタイプの違う2人の役者が、それぞれのキャラクターを生かし、刑事と凶悪犯という役柄で、素晴らしい競演を見せてくれた。役者としてTrintignantを敬愛するAlainの心情が、逮捕後の2人のやりとりからも伺える。車の後部座席に並んで座った2人から放たれたオーラに、圧倒されました。



第三回プラチナブロガーコンテストを開催!


[PR]
by amore_spacey | 2018-11-07 01:24 | Alain Delon | Comments(2)

幸せになるためのイタリア語講座 (Italiensk for begyndere)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (76点)

e0059574_16542327.jpg
【あらすじ】 妻を亡くした若者Andreas(Anders W. Berthelsen 岡田准一に似てる?)は、臨時の牧師として教会に配属された。ホテル住まいの彼は、中年のJørgen Mortensen(Peter Gantzler)に会う。Jørgenの友人Finn(Lars Kaalund 『ホームランド』のRupert FriendやOrlando Bloom似のちょいイケメン)はレストランのマネージャーだが、とても怒りっぽい。Finnのアシスタントは、愛らしい若いイタリア人Giulia。ちょっぴり不器用なOlympia(Anette Støvelbæk)はベーカリーの店員で、わがままな父親がいる。美容師のKaren(Ann Eleonora Jørgensen)には、病気の母親がいる。
  彼らは地元のイタリア語講座を通じて出会い、それぞれが抱える孤独や喪失感や悲しみや絶望を乗り越え、恋や将来の希望を見出していく。第51回ベルリン国際映画祭で、銀熊賞など計5部門を受賞。(作品の詳細はこちら


e0059574_16543476.jpg
オープニングから、居心地の悪い雰囲気が漂う。みんなの表情が暗く疲れている。夫々が背負っているものにある種の絶望を抱きながらも、自分の気持ちを抑えて淡々と暮らしている。いい歳した大人が生きることに不器用で、危なっかしくて仕方がない。そこから抜け出ようともしなかった(出来なかった)が、週に一度のイタリア語講座に参加する辺りから、状況がゆるやかに変わり始める。


e0059574_16545271.jpg
e0059574_1655390.jpg
そしていつの間にか登場人物たちが、みんな幸せそうな表情になっているのです。きっかけはイタリア語講座だったが、実は彼らの中にある友情や肉親への愛情や淡い恋心が、希望ある未来に導いてくれたのだと思う。他者へのちょっとした気遣いに、私たちはほとんど気がつかないまま過ごしているが、それらが未来への明るい伏線となっていくのだ。そしてそこから一歩踏み出せば、道は必ず開ける。そう、自分次第なんです。と言いながら、Olympiaの父親のような暴言を吐かれたり、Karenの病気の母親のように職場に来られたりしたら、たぶん私は切れて、啖呵を切っちゃいますねェ。


e0059574_16553219.jpg
因みにイタリアに嫁いで来るまでは、この国に対して明るくポジティブなイメージが強かった。どちらかというと私は北欧タイプなので、大丈夫かしら?ここでうまくやっていけるかしら?なんて不安を抱いたものです。が、地域や育った環境や受けた教育(究極はその人の人間性に尽きるのですが)により、当たり前のことだが様々なタイプの人がいるので、当然波長が合ったり合わなかったりする。

そんな彼らも、親や友人そして自分自身と折り合いが合わず葛藤したり、いつか必ず訪れる死や乗り越えねばならない問題に苦悩したりと、誰も彼も何がしかの問題を抱えて生きている。でも大丈夫、きっと何とかなるさ。人生は1度きりなんだから、今を楽しまなくちゃ。問題を解決しながら、必要以上に悲観的にならず、自分の人生も大切にする。そんなイタリア人気質が好きだ。ヴェネチアにやって来たKarenたちの生き生きとした表情に、私まで嬉しくなりました。



第三回プラチナブロガーコンテストを開催!
[PR]
by amore_spacey | 2018-11-05 17:06 | - Other film | Comments(0)

甘い人生 (Dalkomhan insaeng) 

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

e0059574_0392332.jpg
【あらすじ】 ホテルの総マネージャーを務めるSun-woo(Byung-hun Lee)は頭脳明晰な男で、裏社会の人間に一目置かれる存在でもある。しかしボスのKang氏(Yeong-cheol Kim)から彼の愛人Hee-soo(Min-a Shin)の監視を頼まれたことから、Sun-wooは破滅への道を歩き出すことになる。(作品の詳細はこちら


e0059574_039487.jpg
e0059574_040290.jpg
10年ほど前に観たことをすっかり忘れて、「わぁ、若い頃のビョン吉のノワール映画だー」と有頂天に。銃撃戦が始まったラストシーンになって、ようやく前に観ていたことに気づいた、間抜けな私。いや、いいんですよ、若くてシャープでキレッキレのビョン吉は、何回みても飽きない。そんな彼がチョコレート・ケーキを食べる冒頭のシーンで、私の心は既に鷲づかみにされてしまいました。


e0059574_0403283.jpg
e0059574_0404615.jpg
e0059574_041944.jpg
クールでドライなフランス・ノワールに比べると、韓国ノワールは雨と泥水と縛りと弾丸炸裂と血しぶきにまみれている。破壊力も半端なく、ラストの銃撃戦は、花火大会のフィナーレのように、派手にドンパチ撃ちまくって、映画セットが崩壊していましたからね。あれは絶対に撮り直しムリだから、何十台ものカメラで撮影したのでしょう。

Alain Delonは裏社会に生きるにはハンサムすぎて、どうしたって目立ってしまう。もっさりしたおっさんのほうが現実味はあるが、それではヴィジュアル的に寂しすぎます。もちろんビョン吉もイケメンだけど、アジア系は顔立ちが地味で大人しいから、変装すれば一般市民に紛れることができる。どちらにも共通するのは、恨みつらみや復讐の鬼と化した彼らから、片時も目が離せないことですね。

クールなビョン吉が、裏社会の壮絶な制裁を受けて、使い古したボロ雑巾に(泣)。撮影では手加減するんでしょうが、土砂降りの中のロケは監督も役者もカメラマンも大変だろうな。そして裏社会の現実は、もっとシビアで残酷なのかも。ボスの命令に100%従わないと、あーいうことになっちゃうんだ、コワッ。


e0059574_0401812.jpg
e0059574_0412038.jpg
e0059574_0412970.jpg
ちょっと不思議に思ったのは、頭脳明晰な一人の男が、初めて知る愛によって転落していくという筋書きなのに、あの描写ではSun-wooがHee-sooを愛していたとは到底思えず(気になっていたとは思うが)、最後まで「?」を引きずったまま観ていた。ま、細かいことはスルーでいい。銃撃戦で野獣化したビョン吉に萌えました。オフの時にはラストシーンのように、ジムで身体を鍛えているのね。ちらっと映ったコンビニは、ファミリーマートですか?


[PR]
by amore_spacey | 2018-11-04 00:51 | - Asian film | Comments(0)

戦場のピアニスト (The Pianist)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (86点)

e0059574_117281.jpg
【あらすじ】 1940年、ドイツ占領下のポーランド。ユダヤ人のラジオ局ピアニストWladyslaw Szpilman(Adrien Brody)は家族と共にゲットーへ移住した。やがてユダヤ人の収容所移送が始まったが、家族の中で彼だけが収容所行きを免れる。空爆を受けたワルシャワの廃墟の中、食うや食わずの潜伏生活を送るある日、彼はドイツ人将校Wilm Hosenfeld(Thomas Kretschmann)に見つかってしまった。Wladyslaw Szpilmanの自叙伝『ある都市の死』(Śmierć miasta)を映画化。2002年のカンヌ映画祭でPalme d'Or、2003年のアカデミー賞の監督賞・主演男優賞・脚本賞を受賞。(作品の詳細はこちら


e0059574_1173991.jpg
e0059574_117523.jpg
e0059574_1185260.jpg
先日の夜、ふっとまた『真夜中のピアニスト』を観ていたところ、ピアノの音色から本作品のことを思い出し、再鑑賞しました。Szpilmanを演じたAdrien Brodyの父Elliotはポーランド系ユダヤ人、母Sylviaはハンガリー&チェコ系ユダヤ人で、父はホロコーストで家族を失い、母は1956年のハンガリー動乱の時にアメリカに亡命していたことを、鑑賞後に調べて知りました。

Adrienにとってホロコーストは、自分の人生の一部のようなもの。「撮影中は本当に疲労困憊(こんぱい)した体験だった。その後の1年間は極度の鬱状態にあった」とコメントしているが、それは想像を絶する辛さがあったと思う。運が良かったと言うしかない、とても運に恵まれていた。しかしそれが却って、恨めしい。あれほど生きることに必死だったのに、自分だけ生き残った罪悪感や申し訳なさに苛(さいな)まれ、ホロコーストの悪夢にうなされ続ける。可哀相にあの頃のAdreinは、21世紀に生きながらホロコースト真っ只中の日々を送っていたのだ。


e0059574_1181077.jpg
e0059574_1182540.jpg
e0059574_1183661.jpg
事実を受け入れることしかできない一市民を、Adrienは抑えた演技で見事に体現したと思う。一家離散のあと必死に生きのびようとする姿や、代役なしで臨んだピアノ演奏シーンは圧巻だったし、ドイツ人将校たちの吐き気のするような暴虐ぶりや、廃墟となったワルシャワの町などは、映画のセットとは思えないほど臨場感に溢れていた。

また1個のキャラメルを売り歩く子どもを見た父が、「こんな状況の中で金を稼いで何になる」と言いながらも、キャラメルを買い求め、6人の家族のために等分するシーンや、ドイツ将校と出会う前に見つけたピクルスの缶詰を、片時も手放さないSzpilman。目前に迫っている悲劇をおぼろげながら知りつつも、何とかして生き延びたい彼らの生への貪欲さが、これらのシーンに凝縮されて、居たたまれなくなった。生きる、これは人間の本能だ。


e0059574_11915100.jpg
e0059574_1192999.jpg
冒頭のノクターン第20番、終盤のバラード1番、そしてエンドロールを飾る華麗なる大ポロネーズ。ショパンは、ポーランドに生きるすべての人々に愛される音楽家なのだなと、あらためて思った。ドイツ将校の前での演奏は、今まで黙って背負い込んでいたものを全て表に出すかのような、音に委ねた彼の独白だったに違いない。終戦後、再びラジオ局でノクターン第20番を弾く時の、彼の表情が忘れられない。解放の喜びも束の間、無念の思いに感極まる。それをそっと押し殺して弾き続ける彼に、胸が押しつぶされそうになりました。


[PR]
by amore_spacey | 2018-11-02 01:21 | - Other film | Comments(2)

キッチン・ストーリー (Salmer fra kjøkkenet - Kitchen stories)

ネタバレあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

e0059574_1173861.jpg
【あらすじ】 1950年代初頭、スウェーデンの家庭調査協会は台所での独身男性の動線調査のため、調査員たちをノルウェーの片田舎に送り込む。一人暮らしの初老の男Isak Bjørvik(Joachim Calmeyer)のもとにも、6週間を期限として調査員のFolke Nilsson(Tomas Norström)がやって来た。しかし応募したことを悔やんでいたIsakは、頑としてドアを開けようとしない。(作品の詳細はこちら


e0059574_1174883.jpg
日本語タイトルから頭に浮かんだのは、アメリカやフランスやイタリアのグルメ系の話。ところが、これはノルウェーの作品である。この時点ですでに、なんだか面白そうな予感がした。そしていきなりオープニングで台所行動学なるものが展開し、仰々しい器具をつけた人が実験を行っている様子に、好奇心がそそられる。50年も前に独身男の台所の行動に着目していたとは!北欧、恐るべし。

背の高い木の椅子を積んだ何十台ものキャンピングカーが、広野の1本道を大名行列よろしく村に向かう光景は圧巻であり、国境できっちり車線変更(1967年9月2日までスウェーデンは左側通行、ノルウェイは右側通行)するのも、道路交通法で当然のことなんだけど、律儀さが滲み出ていてしみじみ。50年代の北欧の車や家屋なども、歴史を感じさせて興味深い。


e0059574_118123.jpg
e0059574_1182568.jpg
e0059574_1183717.jpg
北欧作品の何が面白いって、無表情で頑固で偏屈で口数少ない男たちの存在だ。何を考えているのか分からない。大袈裟な身振り手振りや豊かな表情で声高に話すイタリア人の中で暮らしていると、北欧の人々が不機嫌な銅像に見える。本作品は調査員のFolkeと被験者のIsakそしてIsakの知人Grant(Bjørn Floberg)の3人が織りなす物語で、他には調査員を監視するイケズなMalmberg(Reine Brynolfsson)や煙草をくわえたまま診察するふざけた医師やIsakの病気の愛馬が出てくるが、どの人も判で押したように無表情なのです。実は面倒見が良かったり、人情厚い人だったり、義理堅い人だったりするのだけど、きっかけがなくては相手を知ることが出来ない。

ここでは調査員と被験者は絶対に口をきいてはいけない、というルールがあるため、コミュニケーションの手立てがない。でも人間は社会的な生き物、狭い空間で暮らす2人が、相手に無関心ではいられないものなのだ。案の定FolkeとIsakは、ちょっとしたことをきっかけに、交流を深めていく。まるで恋に不慣れな若い男女のように、おずおずと距離を縮めていく様子が微笑ましく、それを快く思わないIsakの知人Grantが、拗ねた子どもみたいでいじりたくなる。


e0059574_1184874.jpg
e0059574_1185983.jpg
いい歳した3人の男たちと彼らを取り巻く日常生活、そしてそれにまつわるちょっとしたエピソードの数々。話が進むにつれて、気持がどんどん優しくなり顔が緩んでくる。全てを捨ててIsakのところに戻って来たFolke、そんなFolkeを待っていたのは冷たくなったIsakと彼の愛馬、そしてIsakを看取ったGrant。何もかも終わってしまったかに見えたけれど、雪がとけ春になった村のIsakの家にFolkeが移り住み、相も変わらずGrantがお茶を飲みにやって来る。合図はIsakの時と同じ。引き継いだ家と友情の中には喜びや悲しみの歴史があり、この先も細く長く紡いでいくであろう、そんな余韻を残していた。この余韻をゆっくり味わいたい。


[PR]
by amore_spacey | 2018-11-01 01:40 | - Other film | Comments(2)