イタリアの父 (Il padre d'Italia)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

ネタばれ少しあり!

e0059574_311821.jpg
【あらすじ】 トリノで暮らすPaolo(Luca Marinelli)は、建築家になりたかったが夢叶わず、トリノの家具店で働いている。8年付き合ったMario(Mario Sgueglia)に振られ、傷心を抱えて、ある夜ゲイクラブにふらりと入った。そこで知り合った身重のMia(Isabella Ragonese)が体調を崩し、Paoloの目の前で失神してしまった。ロックバンドのバックシンガーで奔放に生きるMiaは妊娠6ヶ月だが、その子の父親が誰なのかはっきりしない。Paoloは父親捜しに巻き込まれるが、無軌道な旅を通じて自分自身を見つめ直していく。(作品の詳細はこちら


e0059574_3111999.jpg
Luca Marinelliの、たぶん1回だけ1人祭り。『皆はこう呼んだ「鋼鉄ジーグ」』『Non essere cattivo』で、切れっ切れのダーク・ヒーローを演じて、強烈な印象を残したLucaが、『来る日も来る日も』では善良で物静かなGuidoを、この作品では母親の愛や家族愛に飢えた孤独を抱えるPaoloを演じている。いやいや、もう演技の振り幅が驚異的に大きく、同一人物とは思えません。しかもダークや善良の演技に微妙な濃淡があり、彼の豹変振りが毎回嬉しいサプライズです。

サプライズと言えば、お人よしのPaoloに付け入って、彼を翻弄させるMiaという女が、見かけも性格もしっちゃかめっちゃかで、自由奔放とかルールに縛られないとか…そんな小綺麗な言葉にはおさまらず、見るからにすれっからしで、真っ当な暮らしをしていないのは明らか。Miaを演じるIsabellaが濃い化粧をすると、松金よね子に見えて仕方がない。というのはさておき、でもPaoloは、そんな彼女となぜか関わろうとする。Miaを見た時から、俺たち孤独を抱えて生きているよな、と感じ取ったのでしょう。


e0059574_3113576.jpg
e0059574_3114665.jpg
PaoloはMiaのお腹の子のパパを捜す旅に、半ば騙された形で付き合わされるが、彼にしてみれば今までこんな非日常的な冒険などたぶん経験がなく、内心ワクワクしていたに違いない。このまま会社を辞めて、彼女と一緒に逃亡してもいいかな、なんて実はかなり本気で思っていたかも。

2人の珍道中で、Paoloはおそらく誰にも話したことのない、寂しかった幼少期のことをポツリポツリと語っていく。大人になった今でも、自分を孤児院施設に置いて出て行った母親の背中が、何度もフラッシュバックする。無口で孤独な少年だった。家族愛を知らずして大人になったPaolo。さて2人はトリノからローマ・ナポリまで一気に南下したはいいが、結局お腹の子のパパは見つからなかった。それでも旅は続き、2人はカラブリアにあるMiaの故郷の町へ行くのだ。


e0059574_3122139.jpg
e0059574_3124234.jpg
e0059574_3123086.jpg
そこでMiaのマンマや身内が、歓迎してくれた。いやぁ、カラブリア方言や訛りが強くて、彼らの会話がかなり聞きづらかった。字幕が欲しい。家族愛を知らないPaoloにとって、温かく迎え入れてくれたこの家は、とても居心地が良く、このままここに居ても構わないくらいだ。が、大人になってもMiaがあんなだから、マンマとの長年の確執が再び表面化し、Miaはまたもや家を飛び出してしまった。結局Paoloはトリノに1人で戻るが、数ヶ月後サプライズの電話が入る。そして彼は大きな決断を下す。今までわだかまっていた気持ちを、これで吹っ切ろう。彼のこれからの人生に、小さな希望の光が灯ったようで、ラストシーンを見ながら、心の底から応援したい気持ちで一杯になりました。


[PR]
# by amore_spacey | 2018-04-26 03:19 | - Italian film | Comments(0)

来る日も来る日も (Tutti i santi giorni)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

e0059574_165758.jpg
【あらすじ】 ローマ。ホテルのフロントで夜勤担当の博識で物静かなGuido(Luca Marinelli )と、昼間はレンタカー店で働きながら、夜は売れない歌手として地道な活動を続ける勝気で奔放なAntonia(Thony)。対照的な性格だが相性抜群のふたりは、Guidoの夜勤明けに毎日のように愛を交わしていた。ところが子どもを望むようになったことをきっかけに、ふたりの心は次第にすれ違うようになっていく。Simone Lenziの小説La generazioneを映画化。(作品の詳細はこちら


e0059574_171486.jpg
e0059574_172735.jpg
e0059574_174645.jpg
夜勤が終わって帰宅すると、Guidoは淹れたてのエスプレッソとビスケットを持って、愛するAntoniaが眠る枕元に座り、本日の聖人にまつわるエピソードを語りながら、彼女を優しく起こす。このシーンがふたりの間で、毎朝繰り返される。わぁ、ロマンチック。毎日いいことがありそうな予感がします。タイトルのTutti i santi giorniは、「毎日まーいにち」「うんざりする(バカ正直な)くらい毎日」のように、「毎日」の強調語として使われる。

AntoniaとGuidoは、ささやかな出来事に幸せを見出しながら平凡に暮らす、どこにでもいる若いカップル。でも彼女が子どもを望み、不妊体質の判明から不妊治療が始まると同時に、何かが少しずつ壊れていく。ありがちなストーリーだが、主人公を演じた2人が素晴らしく、人の琴線に触れる作品となっている。特にAntoniaを演じたThonyがナイス。もともとは歌手だが、今回役者に初挑戦したとは思えないような、こなれた演技に目も心も奪われた。

何度目かの不妊治療に失敗したあと、「私ったら何やってるの?子どもばかりに拘らなくたって、まわりをみれば幸せはいろんな形であるじゃないの」と一旦は頭を切り替える。でも心の底に閉じ込めた本音を偽ることができず、再び気持ちは揺れ動く。そんな心の動きが手に取るように、胸が痛くなるくらい分かるんですよ。彼女の語りかけるような歌(歌詞もいい)が、いつまでも耳に残る。彼らが人知れず抱える心の痛みや静かな哀しみ、それを受け止めきれない不甲斐なさ、相手に対する深い慈しみやひたむきな思いなど、言葉にならない感情が2人の間を行き来しながらも、傷ついた心をそっと癒してくれる優しさが、そこにはあった。


e0059574_18122.jpg
e0059574_181885.jpg
不妊の原因は自分にあって、常にAntoniaは「相手に申し訳ない」「全部私が悪い」という罪の意識に囚われる。だから、「僕たちの子どもなんかいなくたって、幸せに変わりはないよ」と諭すGuidoの言葉も、気休めにしか聞こえない。そんな必要も理由も全くないのに、全てを1人で背負い込もうとして、さらに自分を追い込む。で、Antoniaの場合は自棄(やけ)になって元カレJimmy(Giovanni La Parola)と寝たり、いきなり姿を消してJimmyと同棲したりして、頭の中はぐちゃぐちゃ。このJimmyってヤツが、良い意味のKYで、クスッと笑わせ、緊張を解いてくれました。


e0059574_183461.jpg
こんなAntoniaにGuidoは激怒するどころか、彼女のナイーブで繊細な感情を傷つけまいと気遣い、決して土足で踏み込まない。彼女の話をきちんと聞き、辛い思いを正面から受け止め、共感しようとする。もうね、Antoniaのことが好きでたまらないんです。だから大学教授になることもできたのに、彼女のために断念した。折り目正しく理性的に生きている彼にとって、自由に生きるAntoniaは異質だけど憧れの存在であり、傷つきやすい彼女にとって、善良で温厚で真面目なGuidoは、心の支えになる人。彼らは互いに無くてはならない、かけがえのない存在だ。終盤に明かされるふたりが出会った夜のエピソード、これがとてもロマンチックで、優しい余韻を残してくれました。


[PR]
# by amore_spacey | 2018-04-21 01:12 | - Italian film | Comments(0)

世情 (La Tenerezza)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (76点)

ネタばれあり!

e0059574_1132240.jpg
【あらすじ】 心臓発作を起こして入院していた77 歳の元弁護士Lorenzo(Renato Carpentieri)は、退院後ナポリにある自分のアパートに戻る。自宅のある最上階に上っていくと、Michela(Micaela Ramazzotti)が階段に座っていた。向かいに住む彼女は鍵を忘れて出てしまい、アパートに入れないという。これがきっかけでMichelaや彼女の夫Fabio(Elio Germano)や2人の子どもたちと交流を持つようになった。Lorenzoには娘Elena(Giovanna Mezzogiorno)と息子Saverio(Arturo Muselli)がいるが、妻を亡くした頃から疎遠になり、彼は1人このアパートで暮らしている。(作品の詳細はこちら


e0059574_113349.jpg
e0059574_1134643.jpg
e0059574_1142693.jpg
タイトルを直訳すると、「優しさ」「ふんわりした柔らかさ」「ほろりとさせる様子」。だからナポリに暮らす人々の、心の交流を描いた心温まる作品だと思った。が、元弁護士Lorenzoと隣人家族の、ぎこちないけれど微笑ましい交流が始まった矢先に、全く予期せぬ悲劇が起きて、「えーーっ?」と同時に気持ちも急降下↓↓↓ 心の準備が全く出来ていなかったから。Elio Germanoの存在が、不穏で陰鬱なのだ。彼が演じる役といったら、いつキレる分からない危うさを孕んだ不安定なキャラが多く、皮肉なことに上手すぎるのが難点で、何とも嫌ァな気持ちになる。でもでも好きな役者ですから、頑張って最後まで観ました。


e0059574_1144158.jpg
e0059574_1145613.jpg
e0059574_1151067.jpg
Lorenzoは現役で働いていた頃、非常に有能な弁護士ではあったが、あまり大きな声では言えないような、相当汚れた仕事もしてきた。肩書きを利用したあくどい方法で、生命保険などを騙し取る片棒を担いだこともあった。だから今でも評判が全く宜しくない。私生活でもダメ夫、ダメ父親。血の通った人間というぬくもりが感じられません。

彼には愛情が欠落していたのかもしれない。愛情などという面映いものを嫌っていた、もしくは他人に無関心だった、または単に不器用な人だったのかもしれない。とにかく人に囲まれていながら、常に孤独な人だったに違いない。そんな彼の凍りついた心をゆっくりとかしていったのが、Michelaだ。彼自身が戸惑ってしまうほど、抑えきれない衝動に突き動かされ、彼女の父親と偽ってまで病院に通い、彼女の傍らに座って、ひたすら語りかける。天涯孤独の彼女に、Lorenzoは自分を重ねたのだろうか。自分の分身のような彼女に、生きていて欲しいと心の底から願った。たぶん家族にも愛人にも、誰にも抱いたことのない熱い感情を、生まれて初めて全身で味わう。

人間味がないと言えば、Lorenzoの愛人や息子のSaverio、それからFabioのマンマの、余りにもそっけなく人生を割り切っている姿に、ある種の潔さを感じたが、共感はできませんでした。唯一娘のElenaが救いになっている。互いの誤解が解けたあと、心のわだかまりも消えていくに違いない。そうあってほしいと願う。


e0059574_1152046.jpg
これで人を傷つけてきた過去のすべてが帳消しになるわけではないけれども、彼にとっては精一杯の懺悔であり、今まで妻や子どもたちのことを省みなかったことへの、彼なりの罪滅ぼしでもあったのだと思う。このドラマの舞台となったのが、カオスの町ナポリ。人間臭く生活感が溢れる、猥雑としたナポリの路地裏である。スプレーの落書きで埋め尽くされた壁や、薄暗くて細い路地。どこから突っ込んでくるか分からないスクーターやバイクの群れ、信号無視、洗濯物がひらめくスペイン地区、たくさんの教会…。あの町の雰囲気にピッタリの作品だ。


[PR]
# by amore_spacey | 2018-04-17 01:22 | - Italian film | Comments(0)

終着駅 (Stazione Termini)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

e0059574_235549.jpg
【あらすじ】 アメリカ人の若い人妻Mary(Jennifer Jones)は、妹を訪ねてローマにやって来た。数日間町の見物をしたが、そこで英語教師のGiovanni(Montgomery Clift)と知り合い、激しい恋に落ちる。しかし夫や娘のことを思い、アメリカに帰国することに決めたMaryは、引き裂かれるような思いでテルミニ駅に来た。そこへGiovanniが駆けつけるが、慌しく哀切に満ちた別れは、刻一刻と迫ってくるのだった。(作品の詳細はこちら


e0059574_24622.jpg
e0059574_242686.jpg
子どもの頃、たしか親と一緒に観たような気がする。テルミニ駅で繰り広げられる悲恋物語に、両親は深く感動していたけれど、陰気で辛気臭いMontgomeryに私はうんざりしてしまった。これを観るのは2度目だが、どうしても彼が苦手。だから彼のやることなすこと全てが、癇に障る。Mary から紹介された甥っ子Paulを、彼はにこりともせず無愛想な顔で見る。甥っ子のほうがよほど大人で紳士だ。入線してくる電車の前を横切る暴挙や、女性の頬を引っ叩くのは、全くありえない行為。短期で粘着気質な男だ。重箱の隅っこ的だけど、動き始めた列車から飛び降りて転んだ彼を心配して、助け起こしてくれた男性に、お礼すら言わないなんて、つくづく残念すぎる。こんな男に恋するなんて、異国の旅という非日常の魔力は捉えどころがない。


e0059574_244583.jpg
e0059574_25367.jpg
と、初っ端から言いたい放題ですが、若妻を演じたJenniferはとても魅力的で、あちこち揺れ動く女心を切なく見せてくれました。でもこの2人の恋に落ちる経緯が描かれていないので、ほとんど感情移入ができず(不倫相手がMontgomeryだから尚更)、「うーん、私だったら頬を殴られた時点で、ゲーム終了ですが…」と気持ちが冷める。アメリカに帰国するのに、手ぶらでテルミニ駅に来ちゃっているMaryも、何だかよく分かりません。


e0059574_25566.jpg
e0059574_261345.jpg
感情移入できない2人の悲恋物語より、テルミニ駅を行き交う人々やそこで働く人々のほうが、何倍も楽しく活気に溢れて面白かった。いつも公衆電話の前にいる、オレンジを持った胡散臭いおやじ(Paolo Stoppa)、兵士たち、恰幅のいい聖職者たち、家族連れ、気分が悪くなった妊婦やその夫、切符売り場や電報局の職員、荷物のカートを押す職員、駅の公安委員や警官や警察署長。何かあるとわらわら集まってくる人々。バールや食堂のカメリエレ、構内アナウンス、ガヤガヤした雰囲気。警察に向かう2人を、野次馬根性丸出しでジロジロ見る人々。当時の大きなお札や、今と少しも変わらないテルミニ駅の外観。旅は日常生活を忘れさせてくれる。旅の出発・終着となる駅や空港は、人の心をそぞろにさせる。また旅に出たくなってきました。


[PR]
# by amore_spacey | 2018-04-14 02:16 | - Italian film | Comments(0)

The Place

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

ネタばれあり!

e0059574_173262.jpg
【あらすじ】 バール『The Place』の一番奥の席、いつも同じこの席に、毎日どの時間に行っても、1人の男(Valerio Mastandrea)が座っている。テーブルにはぎっしり書き込まれた、黒い革の分厚い手帳が1つ。そこで食事をしたり珈琲で一服したりする彼のもとには、何人ものクライアントが入れ替わり立ち代わりやって来る。男は彼らの願いを聞き、それを叶える条件として、それぞれに特異な任務を与える。はたして彼らは、任務を遂行できるのだろうか?男が任務を与える理由とは?アメリカのテレビドラマ「The Booth at the End」にインスパイアされ映画化。(作品の詳細はこちら


e0059574_174516.jpg
e0059574_18130.jpg
The Placeの赤いネオン。間もなくそれがバールだと分かる。カメラはバールの中へ、そして一番奥の一角に向かう。映画が終わるまで、カメラはそこに固定されたまま。だから舞台劇に近い。そこで1人の男が誰かと、向き合って話をしている。2人がどんな関係にあるのか分からない。次のシーンでは、男が別の女性と話している。というより、女性が顔を歪めながら、何かを必死に訴えるのをひとしきり聞いている。そして男はおもむろに分厚い手帳を手にとってパラパラ頁をめくり、何かを書きつけたあと、諭すようなしかし確固とした口調で女性に言葉をかける。


e0059574_1918100.jpg
e0059574_1104121.jpg
そんなシーンが幾つも続くと、この男の存在が気になり始める。セラピスト?精神科医?胡散臭い宗教の勧誘?スピリチュアル系?人間の好奇心を刺激する、謎めいた男に扮するValerio Mastandreaが、絶妙で上手い。演じるというより、役者ではない素顔の彼がふらっとバールに来て、そこに座っているような自然さ。物憂げで気だるい所作や、苦渋に打ちひしがれた張りのない表情も、シナリオに沿って演じているのではなく、その日の様々な出来事が彼をそうさせているようだ。彼は善良なのか、邪悪なのか?そんなことをつらつら考えているうちに、気がついたら、バールの片隅に作り上げられた男の小さな世界に、引きずり込まれていた、という素晴らしい展開。さすがPaolo Genovese監督だ。


e0059574_181383.jpg
e0059574_183497.jpg
瀕死の子どもを救いたい父親に、「人を殺しなさい」。神の声が聞こえなくなった修道女に、「妊娠しなさい」。アルツハイマーの夫を救いたい高齢の妻に、「バールに爆弾を仕掛けなさい」。視力を取り戻したい目の見えない青年に、「女性を強姦しなさい」。美しい容姿になりたい若い女性に、「強盗をしなさい」 …。男がそれぞれのクライアントに与える任務は、どれもこれも犯罪ばかり。しかも一見無関係に見える彼らが、どこかで繋がっているから、任務を遂行することで願いが叶う人もいれば、それによって悲劇を被る人も出てくる。表裏一体の任務。男は幸せの使いなのか?不幸の使いなのか?

しかしクライアントたちは、その関連性を知らない。絶望の淵に立つ人々が、自分のエゴのために、いけないと知りつつ犯罪に手を染めるのか、いやそれは幾らなんでも人間としてダメだと思いとどまるのか?エゴと願いを天秤にかける。究極の選択を迫られた時、人間性が深く試され、その人の本性が明らかになる。

クライアントたちはバールの男のところに何度も戻ってきては、任務を完遂させるための進行状況や、気持ちの変化を語っていく。カメラはバール内部しか映し出さないから、私たち視聴者は彼らの話や表情を手がかりに、背景にあるドラマや、映像として登場しない彼らの暮らしぶりや人間関係や心情など、様々なことを想像しつつ、作品の展開をそっと見守る。


e0059574_19496.jpg
ところで男はこのバールにいて、人の話ばかり聞いているが、彼自身は自分の人生に満足しているのか?はけ口はあるのか?という疑問がふっと湧いて来る。大丈夫、このバールで働くAngela(Sabrina Ferilli)が、とびっきりの笑顔とある方法で、この男を癒してくれるんです。それは映画を観てのお楽しみ。


[PR]
# by amore_spacey | 2018-04-11 01:11 | - Italian film | Comments(0)