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アドゥアと仲間たち (Adua e le compagne)

ネタばれあり!!!
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【あらすじ】 1958年、新しい法律により売春宿が違法となり、娼婦として働けなくなったAdua(Simone Signoret)とLolita(Sandra Milo)とMarilina(Emmanuelle Riva)とMilly(Gina Rovere)の同僚4人は、ローマ郊外の荒地で見つけた大きな空家を修理して、トラットリアを開くことにする。娼婦の職歴が妨げとなって、様々な申請が拒否されるが、Aduaの以前の顧客の1人であるErcoli(Claudio Gora)が、トラットリアの建物を購入してくれ、おまけに彼の名前で許可まで下りて、4人は彼に1ヶ月100万リラの賃借料を支払うことになった。
  様々な困難を乗り越えて開店に漕ぎつけ、トラットリアは軌道に乗り始めて、予想外に成功する。しかしそれでも娼館時代ほど稼ぐことが出来ず、トラットリアの賃貸料を支払うことが出来なくなり、4人はトラットリアから追い出される。(作品の詳細はこちら) 


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新しい法律により失業した娼婦たち。年長のAduaが企画したトラットリア開業に賛同した若い娼婦3人が、手持ちの資金・労力をつぎ込んで、新たな人生を始めようとする。トラットリア開業までの道のりを軸に、4人の女性それぞれのプライベートなエピソードを絡ませながら、エンディングに向かっていく。Piero Piccioniのお洒落なサウンド(←音が出ます)は、ジャズ・ファン必聴だが(因みに歌手のDomenico Modugnoがカメオ出演し歌を披露している)、この作品に流れる雰囲気(「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟哉」 に通じる情緒ではないかと…)には微妙にそぐわない気がする。

初めてSimone Signoretの作品を観ました。晩年の彼女を写真で知るのみで、私の中では単にフランス女優の大御所のイメージでしたが、女盛りのSimone(当時39歳)の芯の強さや、悲しみが似合う成熟した美しさに魅惑されました。もっと若い頃の写真をみると、双子かと思うほどRomy Schneiderにそっくりで、驚きました。キリッとしたシャープな顔立ちが、私好みです。この作品では若い娼婦たちの姐さん的な存在で、失業したあとも彼女が陣頭に立って、人生を切り開いていくのです。

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さて共同経営でトラットリアを始めたものの、若い3人娘にはそれぞれに事情があり、すんなりと軌道に乗った訳ではない。Lolita(Sandra Miloってこんなに綺麗だったの?)は若い男たちと遊び回り、シングルマザーのMarilinaは幼い男の子を手元に置いて育てねばならず、Millyはトラットリアに来た客と懇意になり結婚の約束までする。

当のAduaも忙しいトラットリアの仕事の合間に、胡散臭い車のセールスマンPiero Salvagni(Marcello Mastroianni)と知り合い、彼に思いを寄せたばかりに振り回される。今回のMarcello Mastroianniも、最低のチャラ男で、母性本能を刺激する甘え方が天才的に上手い。最初はAduaを手玉に取っていたかに見えたが、彼の浮気は直ぐにバレてしまう。「アタシのようなばあさんを相手にするなんて…」と自嘲気味になりつつも、Aduaだって心の拠り所が欲しかった。そういう時に限って、悪い男に引っ掛かるものです。

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何もかもが順風満帆に見えたのに、運命の女神に見放されて歯車が狂い始め、更にはAduaの暴挙で、トラットリアは閉店に追い込まれ、4人は失業した。Aduaは再び街頭に立って働く。雨が降りしきる夕暮れ、傘もささずに客引きするが、若い娼婦に奪われる。ずぶ濡れになったAduaは、人間としての最低の尊厳を精一杯に保ちつつも、彼女の背中が全てを語る。彼女はどこに向かって歩いて行くのでしょう。余韻のある素晴らしい作品でした。


by amore_spacey | 2019-12-11 01:05 | - Italian film | Comments(0)

ジェラシー (Dramma della gelosia - tutti i particolari in cronaca)

ネタばれあり!
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【あらすじ】 ローマのある夜、レンガ職人Oreste(Marcello Mastroianni)はビラの屑の中で眠りこけているうちに、美しい娘を腕に抱いていた。彼女は花売り娘のAdelaide(Monica Vitti)で、以前からOresteに秘かな想いを寄せていた。それまでのOresteの人生は無味乾燥なもので、年上女房Antonia(Josefina Serratosa)との間には、愛のかけらもない。Adelaideの出現は、天にも昇る出来事だった。
  しかし間もなく妻に浮気がばれて、AdelaideとAntoniaは壮絶な掴み合いの喧嘩になり、Adelaideは病院に運ばれる。ところが退院祝いに二人で行ったピッツェリアで、ピッツァ職人の一人Nello(Giancarlo Giannini)が、Adelaideに一目惚れしてしまう。1970年のカンヌ映画祭で、Marcello Mastroianniが主演男優賞を受賞。(作品の詳細はこちら) 


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この映画は容疑者Oresteが警察官に連れられて、殺人の現場検証に立会うシーンから始まり、回想形式で殺人に至ったいきさつを語りながら、男女の三角関係を描いている。手っ取り早く言うと、おバカな妄想女に振り回された、これまたおバカな二人の男の悲喜劇という所でしょうか。典型的な艶笑劇ですが、思いがけないラストシーンに、心を持っていかれた。ユーモアや笑いに隠された、人間の儚さや哀しさが身に沁みるのです。

女一人男二人の三角関係にも色々あって、『夕なぎ』や『冒険者たち』では、最終的に男の友情を、本作品は愛する女性のために身を引く姿が描かれている。ラストシーンでは、思わず画面の中に飛び込んでいって、Oresteを抱き締めたくなりました(涙)

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とにかくOresteを演じたMarcelloが、心憎いばかりに素晴らしかった。若い頃は女をコケにしたチャラい男を演じることが多く、それがまたハマり役で説得力もあった。今回のみすぼらしい身なりのレンガ職人という労働者の彼も、板についた自然な演技で、そればかりか人生詰んだと思っていたのに、Adelaideの登場で、何?このバラ色の展開は?という子どもレベルのはしゃぎっぷりから、ピッツァ職人へのジェラシー(果てはAdelaide本人への愛憎、公衆の面前でなりふりかまわず彼女を罵倒し、往復ビンタを食らわせる)まで、目まぐるしく移り変わって行く男の気持ちを、Oresteとして生きるMarcelloがリアリティある演技で体現してくれました。

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大好きなイタリア女優の一人Monica Vittiは、クールで乾いた(サバサバ系とは違う、別の惑星で生きているような、ちょっと現実離れした)雰囲気が魅力的で、彼女から目が離せないのです。本人の意図とは無関係に、なぜか恋愛絡みで男から殴られる役が多いのですが、それでも一度好きになった男を易々と諦めない。男にしてみれば、最高に都合のよい可愛い女です。

三角関係になっても、Monicaの乾いたキャラや、二人の男たちの憎めないキャラが幸いして、それほど陰湿な印象を与えない。もしAdelaideを官能の女神Monica Bellucciが演じたら?ヒステリックなGiovanna Mezzogiornoが演じたら?冷静に見えていつもテンパッているMargherita Buyが演じたら?随分違った色合いの作品になったに違いない。

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ローマが舞台なのに名所旧跡は全く登場せず、ゴミの山や季節はずれの閑散とした海辺でのデートや、レンガがむき出しになったOresteの小汚い家や閉店後の散らかったメルカートがよく出てくる。かと思えば、町の大通りを行き交う車は、どれも小型で可愛らしくおしゃれなんです。Armando Trovajoliの音楽(←音が出ます)が70年代らしいメロディで、懐かしさのあまり胸がきゅんとなりました。


by amore_spacey | 2019-11-26 00:39 | - Italian film | Comments(0)

インテルビスタ (Intervista)

ネタばれあり...

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (78点)

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【あらすじ】 イタリアの映画撮影所チネチッタ創立50周年を記念して、Federico Fellini監督がチネチッタと映画への思いを綴った一編。日本のTV局の取材を受けながら、若き日の自分を描いた自伝的作品と、Kafkaの『アメリカ』(年上の女に誘惑されたばかりに、両親に厄介払いされたKarl少年は、故国ドイツを追われアメリカへ行くが、NYの伯父の家からも追い出され、放浪の旅に出るという話)を題材にした、新作の製作に励む映画監督というスタイルを基調に、展開していく。(作品の詳細はこちら


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ローマの映画撮影所チネチッタを舞台にしているが、撮る人と撮られる人が入れ子のような仕掛けになっているので、どこまでがインタビューで(芝居と本音が交錯)どこからが映画の中で撮影している映画なのか、いや、ドキュメンタリーだったのかもしれません。虚構と現実を自在に操りながら、チネチッタや映画を作る全ての人に捧げる、愛情と郷愁に満ちた作品。映画をこよなく愛し、映画が引き起こすマジックを本当に信じているFederico監督。そんな彼を様々な角度から捉え、人生は祭りだ!楽しく生きていこうではないか!と視聴者に喚起し続ける姿を、余すところなく映し出している。

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Fellini監督は、マジシャン姿のMarcello Mastroianniと撮影班を、引退したAnita Ekbergの別荘へ連れて行く。彼は自分の代表作となった『甘い生活』で共演した二人を、30年近く経ってから思いがけない形で引き合わせました。しかもあの映画を見ながら、というサプライズ付き。これはもうインタビューとか劇映画とか芝居とかいうレベルを超越た、監督の熱い思いを目一杯詰め込んだ大スペクタクルなのです。27年の月日が一気に巻き戻され、AnitaとMarcelloはつい昨日も会っていたような意気投合ぶりで、けれどそこには懐かしさだけでなく、一緒に仕事をした仲間ならではの慈しみや労いの気持ちに溢れ、観ている私も胸が熱くなってしまった。老境に入ったMarcelloと老醜をさらけ出したAnita、気持ちは当時のままだが、時の流れは何と残酷で切ないことか。それでもFellini監督の魔法の力で、彼らは撮影カメラの前に立ちました。

この作品では映画のスクリーンには決して登場しない、チネチッタで働く裏方たちの姿も捉えている。予定通りに進まない撮影所、現場監督や助監督の苛立ち、撮影1分前になって(嗚呼、なんてイタリアなんだろう!)役者が来ないと分かった時の激怒やカオス、経費節約のため本物の象の代わりに紙のハリボテを使った撮影は大失敗でやり直し…などなど、傍から観ている分には面白いエピソードもたくさんある。Fellini監督もイライラして、大声張り上げていました。

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日本のTV局取材班の一人(Mario Miyakawa)が、いつの間にやらマッサージ師になっており、「ミフネ(=三船敏郎)はねェ、これ(=マッサージ)で、禁煙できたんですよ」と、へヴィー・スモーカーのMarcelloに声をかけるシーンがある。これを聞いたMarcelloは床に寝転んでマッサージをやってもらうが、終わった途端、「ほら、マッサージの効果がもう出てるよ」 悪戯っぽく笑い、取り出した煙草に火をつけて、スパスパ吸い出すというお茶目っぷり。Marcelloの人間性が滲み出だエピソードだ。この日本人は別のシーンで、何気にFellini監督の肩を揉んでいる(笑)

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監督からジャーナリスト役に抜擢されたSergio Rubini(Margherita Buyの前夫)が、メチャ若い。当時28歳だけど、まるで少年だ。若かりし頃のAntonella PonzianiやChristian BorromeoやEva Grimaldiもチョイ役で出ている。

さてKafkaの『アメリカ』が、クリスマス前に無事クランク・アップする。役者や裏方スタッフたちは、パネットーネの箱とスプマンテを手にして、「ボンナターレ!(良いクリスマスを!)」と挨拶を交わしながら、それぞれの家に帰っていくラストシーンが、とても印象的でした。1つの映画を作る、そこには出逢いと別れがある。何にも束縛されない独創性から生まれるFellini監督の作品は、好き嫌いの好みがはっきり分かれ、実際理解出来ないシーンは多々ありますが、監督の自由な心や映画への限りない愛情や慈しみは、画面の隅々から感じ取ることが出来ます。この映画を含め彼の作品は、生きることを謳歌する監督の分身のようなものでしょう。


by amore_spacey | 2019-10-17 00:06 | - Italian film | Comments(0)

BARに灯ともる頃 (Che ora è?)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (82点)

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【あらすじ】 ローマに暮らす裕福な弁護士Marcello(Marcello Mastroianni)が、兵役中の一人息子Michele(Massimo Troisi)に会うため、小さな港町チビタベッキアを訪れた。父親は仕事に追われロクに話すこともなかった息子に、「お前と二人だけで話がしたかった」と言い、祖父の形見の時計や新車やローマの家までプレゼントすると言い出す。父は息子を愛し息子は父を気遣うが、二人の間には次第に気まずさが増していく。(作品の詳細はこちら


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Ettore Scola監督の『特別な一日』も、ある男女の一日を描いているが、こちらは兵役に出ている息子と、久々に息子の様子を見にやってきた父親の一日。主な登場人物は父親と息子と、息子の彼女ぐらいしか出てこない。いつ終わるとも知れない二人のやりとりが、淡々と描かれているだけの地味な作品なので、役者の演技力や監督の演出がモノを言うが、演出はもちろんのこと演技も絶妙で見事、とりわけ若いMassimoと円熟したMarcelloの共(競)演は、見応えがありました。自分の実生活や過去の体験に重ねて観ているうちに、じわじわとストーリーに惹き込まれていく。このゆるやかな展開が心地良い。視聴者の年代によって感情移入する人物が異なるはずで、私はどちらかと言うと父親Marcelloに近いところで、この作品を観ていました。

久しぶりの再会を喜んだのも束の間、時間が経つにつれ互いの価値観の違いから、些細なことで口論になる。まくし立てるように昔の話をする父親と、その横で、うん、うん、と嬉しそうに頷く息子。父親は目に見える豊かさを息子に与えることが、幸せだと思っている。逆に息子は精神的な物を心の拠り所にし、父親の社会的な成功よりも、教養の深さや思慮深さを尊敬している。自慢の父親なのだ。だけどそんな父親から、ダメ出しされてしまう。お前は優柔不断だ、と。

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『愛のエチュード』の中では、母親が娘に同じような台詞を言う。それどころかちゃっかり、貴族出身の許婚(いいなずけ)まで決めてしまっている。でも、痛いほど分かるんです、この親心が。子どもには幸せな人生を歩んで欲しい。苦労を背負い込むのが分かっているのに、わざわざそんな人生を選ぶことはない。子どもだって親の気持ぐらい分かる。その子どもは、親の知らないところで、大人になっているんです。子どもの立場も良く分かる。 

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自分の前では口数少なく、生真面目で居心地悪そうにしている息子が、あんなにいきいきとして、あんなに饒舌で、知り合いや仲間から慕われ、こんなに素敵な彼女までいるではないか。自分は一体、息子の何を見て来たんだろう。何を知っているんだろう。嫉妬とも寂しさともつかない複雑な思いが、父親の心を締め付ける。一方息子は、気がつかない内に老いてきた父親を間近にみて、ハッと胸をつかれる。あんなにテンション高かった父親が、どんどん寡黙になり内にこもっていく。

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家族だからこそ生じる、もどかしさや気まずさやほろ苦さ、寂しさや心の痛みや割り切れない思い。出来れば味わいたくない感情が、この作品の至るところに出てくる。そのたびに二人は口論したり黙り込んでしまったりするが、ちゃんと二人を和解させてくれるモノがあるんです。Micheleの祖父が使っていた懐中時計。これを手にとって昔のようにやり取りする二人が、なんとも無邪気で可愛らしく、ちょっと羨ましく思いました。その台詞が、原題のChe ora è?(何時ですか?)。父親が息子と腕を組んで歩く冒頭のシーン、買ったばかりの靴や子ども用遊具にまたがった二人、そして息子がおずおずと歩み寄るラストシーンには、ユーモアや茶目っ気の中に、相手を思いやるいとおしさがあふれている。どこにでもある庶民の暮らしを、優しいまなざしで見つめている、そんな作品でした


by amore_spacey | 2019-10-09 00:15 | - Italian film | Comments(0)

白夜 (Le notti bianche)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (70点)

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【あらすじ】 内気な青年Mario(Marcello Mastroianni)は、運河と橋の多い港町Livornoに転勤してきた。知り合いも友人もいない。ある夜彼が町を散歩していると、運河の橋で若い女性が泣いていた。Natalia(Maria Schell)という名で、一年前に恋人(Jean Marais)と再会する約束をして、毎夜この橋で待っているという。その日から彼らは毎晩会うようになり、Marioは次第に彼女に惹かれていく。3日目の夜2人はダンスホールで楽しい時間を過ごし、Marioは自分の気持ちを正直に告げたが、Nataliaは例の橋に向かって駆け出していった。Dostoyevskyの同名小説を映画化。第22回(1957年)のヴェネツィア映画祭で、金獅子賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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うわぁ、何、これ。突っ込み所満載で、主要人物の誰にも感情移入ができませんでした。こういう恋愛が理解できないし、Nataliaのかまってちゃんには、ただイライラするだけ。恋人とMarioの間で気持ちが大揺れすると言ったって、下宿人として来た男と恋人らしい付き合いがありましたっけ。馴れ初めのエピソードが殆どないのに、いつの間にか2人が恋人になっているという、その凄まじい端折りっぷりについていけない。

しかもつい昨日会ったばかりのMarioに自分の恋物語を話したり、恋人に手紙を渡してくれとMarioに託したり。グダグダ泣き言を垂れ流しているかと思えば、次の瞬間にはカラカラ笑っている。うわぁ、勘弁して下さい。情緒不安定で地雷がありすぎる。なのに、頭の中はお花畑。「1年も彼を待つ私って、何て健気なのかしら?」 ああ、面倒くさい。彼女の言動全てが、イタくて重過ぎる。そしてラストシーン。あれはないわ。

Nataliaに振り回されるMarioも、内気な青年とは言え、優柔不断で煮え切りませんな。それからMario役に抜擢されたMarcello Mastroianni。彼の醸し出す雰囲気が、Marioのキャラにはどうも合わない。違和感が募るばかりで、しっくり来ませんでした。ロシアからイタリアへ舞台を移したことに、無理があったのでしょう。


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「Natalia、僕は君を愛しているから、ここを離れるんだ。1年後に会おう」と言った恋人。「自分の気持ちを欺けない」と言って駆け出すNatalia。「束の間だったけど、いい夢見させてもらったぜ。あばよ!」と感謝するMario。この3人のことが、ホントに分かりません。


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Nataliaのキャラクターには大いに問題ありだけど、演じたMaria Schellはとても可憐で可愛らしかった。ダンスホールでいきなりMarcelloが、ロカビリーを踊りだした時には、「おいおい、どーしちゃった?(驚)」 Marioが世話になっている賄い付き宿の女主人の、その辺にいる庶民的なおばちゃん的風情に頬が緩み、Nino Rotaの素晴らしい音楽や、Marioにまとわりつく白い子犬や鳥小屋の鶏たちが、鑑賞から脱落しそうな私を救ってくれた。たびたび出てくるガソリンスタンドの看板ESSOが、庶民の町を演出するアイテムとしてなかなか良かったけれど、この作品に流れる空気とは何か微妙に違う・・・。


by amore_spacey | 2018-03-02 00:22 | - Italian film | Comments(0)

夜 (La notte)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (72点)

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【あらすじ】 1960年代のミラノ。ある日の午後、売れっ子作家Giovanni(Marcello Mastroianni)と妻Lidia(Jeanne Moreau)は、回復する見込みのない病を患う友人のTommaso(Bernhard Wicki )を見舞う。TommasoはLidiaのことを愛していたが、彼女はすでにGiovanniと結婚していた。彼女は作家夫人として何不自由のない毎日を送っているが、その生活に得体の知れぬ不安を抱いている。1961年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。(作品の詳細はこちら


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不毛の愛や虚無感と言ったら、Michelangelo Antonioni監督。全てが虚しくておぼつかない、そして救いのない孤独感。監督の手にかかると、この感覚に先の見えない不安が加わり、残酷で絶望の淵に立たされたような気持ちになる。Marcelloのコメディシリアスの演じ分けが素晴らしい。

この映画を思春期に観たら、もっと評価は高かっただろうし、少なくとも途中でうたた寝なんぞしなかった。愛の不条理・倦怠・退廃・堕落・形而上美…、あの頃は少し背伸びしてそういうものに憧れる時期だから。不毛の愛についてグチグチ捏ね繰りまわすフランス映画のような本作品は、繊細な心を持った青年期に観るには、ちょうどいいかもしれない。そういうことを考えてる自分ってステキ、みたいな。「人生の意味って何?」「永遠の愛?」「幸せって何だっけ?」なんて突き詰めて考えている時は、ちょっと不健康で、あまりよろしくない状況にあることが多いのではないかしらーん?


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愛って育んでいくもので、頭の中で考えたり、あーだこーだ議論を戦わせるものではないと思うんだけど、この作品の登場人物たちは知的レベルが高すぎるせいか、ついつい哲学的&観念的に追求したくなってしまうのね。そんなに難しく考えないで、例えばレジのおばさんが間違っておつりを多目にくれてラッキー!だったり、お年玉つき年賀はがきの3等賞くらいに当たったり、好きな人が手料理をおいしそうに食べてくれたり、ソファーでうたた寝している私に、彼がそっと毛布をかけてくれたりしたとき、嬉しくなっちゃう。そんなありきたりの些細なことがけっこう幸せで、じわっとぬくもりに満たされるものなんだけど。それだけじゃダメなのね、特にLidiaは。


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夫婦関係が崩壊し終焉を感じながら、それでも何とか夫の愛を取り戻そうとする。彼女は夫に組み伏されながら、「もうダメなの!あなたとは別れることに決めたの!すべてはもう手遅れなの」と、ラストシーンで叫ぶ。なのに不思議なことに、Lidiaの表情は生き生きと輝いているのだ。個々の気持ちや夫婦の関係なんてものは、他人からみたら謎だらけなもんです。


by amore_spacey | 2017-11-19 20:55 | - Italian film | Comments(2)

甘い生活 (La dolce vita)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (73点)

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【あらすじ】 作家志望の夢破れて、今はしがないゴシップ記者のMarcello(Marcello Mastroianni)は、豪華なナイトクラブで富豪の娘Maddalena(Anouk Aimée)と出会い、安ホテルで一夜を明かす。ハリウッドのグラマー女優Sylvia(Anita Ekberg)を取材すれば、野外で狂騒し、トレビの泉で戯れる。乱痴気と頽廃に支配された街ローマ。口うるさく鬱陶しい腐れ縁の恋人Emma(Yvonne Furneaux)は、彼の言動を嘆く。二人で訪れた友人Steiner(Alain Cuny)一家の、知的で落ち着いた暮らしぶりをMarcelloは羨むが、彼らも子連れの無理心中で突如死んでしまい、絶望感のみが残った。1962年Academy賞で衣装部門を、カンヌ映画祭でグランプリを受賞。(作品の詳細はこちら


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無理矢理あらすじを書いたが、Fellini監督の作品には一環したストーリーがない。人の意識の流れに任せて、あっちへ飛んだりこっちへ戻ってきたり、全く脈絡のないシーンが突然割り込んできたりする。どっちに向かっているのか分からず、様々なエピソードが、ひたすらダラダラ続く。グラマラスな女性たち・喧騒・祭り・乱痴気騒ぎ・享楽・冷めた視線・ある種の無関心や虚無感…。Fellini監督の独壇場だが、この手の作品は苦手でダメだ。観終わったあと、強烈な何かが残るのは確かだが、掴みどころがないのです。


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宙吊りになったキリスト像がヘリコプターで運ばれる冒頭のシーンは、『グッバイ、レーニン!』のレーニン像を彷彿させたり、浜辺に打ち上げられた巨大なエイの顔が、『太陽がいっぱい』でAlain Delonが歩く海辺のメルカートの魚売り場にも登場するように、様々なシーンが後世の作品のヒントになっているではないか?


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De Sica監督の作品のMarcelloは、のびのびと自然体で楽しんでいるが、Fellini監督の時には、ちょっぴりかしこまっているようにみえる。これは私の勝手な推測に過ぎない。どちらにしても、ダメ男を演じている確率はとても高い。ダンディな外見なのに、付き合ってみるとほーんとにダメなんだから、この人って。でも放っておけないのよ。母性愛をくすぐる、そんなタイプの男性をMarcelloが演じると、最高だ。


by amore_spacey | 2017-10-13 00:12 | - Italian film | Comments(0)

昨日、今日、明日(Ieri oggi domani)

私のお気に入り度 ★★★★☆ (80点)

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【あらすじ】 Sophia LorenとMarcello MastroianniがW主演で共演する、3話からなるオムニバス。第1話Adelinaはナポリを舞台に、妊娠中の女性は法を犯しても罪を免れられるため、夫Carmineに頑張らせて妊娠し続ける主人公を、第2話Annaはミラノを舞台に、富豪の有閑マダムと若い小説家の卵Renzoとの浮気の代償を、そして第3話Maraはローマを舞台に、美しい高級コールガールに思いを寄せる隣家の神学生Umbertoの顛末を描く。第37回アカデミー賞で外国語映画部門を受賞した。(作品の詳細はこちら


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Sophia LorenとMarcello MastroianniとVittorio De Sica監督の、ゴールデントリオが織り成す、コミカルな人生劇場。そこにどっしり根を張った、下町の女の逞(たくま)しさや強(したた)かさや厚い人情に、大笑いしたりほろりと涙したり、わがままな金持ちマダムの鼻持ちならない態度に辟易したり。一番面白かったのは、第1話のAdelinaでした。刑務所に入りたくないがため妊娠し続ける妻と、それに答える夫の大奮闘ぶり。7人の子どもと失業中の夫を支える貫禄あるSophiaと、ヨレヨレにくたびれた影の薄いMarcelloの夫婦が、コントのように対照的で可笑しい。

界隈の住人の野次馬根性っぷりや大らかさも、2人の暮らしの一端を支えている。夫婦の身辺に事件が起きるたびに、彼らは夫婦の家にどっと押し寄せて、大騒ぎ。コントのような夫婦だから、お祭り騒ぎのネタには事欠かない。傍から見ればすこぶるいい加減な夫婦だが、この2人は互いに心底惚れ合っている。強い夫婦愛によって、がっちりと結ばれているのだ。


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第2話は、あまり楽しくないエピソードだった。当時のイタリア映画音楽を一手に引き受けていた作曲家Armando Trovajoli)が、Sophiaたちの乗っている車が故障するシーンで、ちらっと登場する。


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第3話のMaraも愉快痛快。神に捧げる身でありながら、コールガールなんぞに思いを寄せる孫を見て、Maraに逆切れするUmbertoのばあちゃん(Tina Pica)。けれど孫を思うばあちゃんの涙にMaraは心を動かされ、「それじゃ、ここは、私が何とかしてみせますわ」と一肌脱いでみせる。そのとばっちりを受けるのが、常連客のAugusto(Marcello Mastroianni)だ。Maraの部屋にいそいそと訪れるが、いつも隣家の神学生絡みの騒動で、お預けを食ってしまう。


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さぁ、そのお楽しみが始まりますよ。軽い曲にあわせて、黒のストッキングをくるくると脱ぎ捨てるMara、それを子供ような仕草で嬉しそうに見つめるMarcelloのラストシーンは、まるで休憩時間にセットの片隅でふざけあっている様子を、隠しカメラで撮ったかのように自然で、2人の演技はもちろんのこと、彼らの魅力を最大限に引き出したDe Sica監督の手腕ならでは、の愛情に満ちたフィナーレだ。大柄なSophiaが、軽やかな身のこなしで踊ったり、愛する人をぎゅっと抱きしめたり、ここぞと言うときには一家の大黒柱になって踏ん張る。まことにゴージャスで可憐な女優でございます。


by amore_spacey | 2017-10-09 01:26 | Comments(2)

テラス (La terrazza)

私のお気に入り度 ★★★☆☆ (75点)

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【あらすじ】 ローマの広いテラスを舞台に、5人のストーリーが展開する。第1話はスランプに陥った映画の脚本家Enrico(Jean-Louis Trintignant)、第2話は妻の心を取り戻したい流行遅れのファッション・ジャーナリストLuigi(Marcello Mastroianni)、第3話は拒食症で鬱のRAI(国営放送)職員Sergio(Serge Reggiani)、第4話は妻に振り回される映画プロデューサーAmedeo(Ugo Tognazzi)、第5話は人妻(Stefania Sandrelli)と浮気をする共産党の議員Mario(Vittorio Gassman)。広いテラスのある家で顔を合わせた5人は、楽しく喋ったり、時には議論を戦わせたり、興奮のあまり喧嘩に発展したり。そして1年後、同じ場所で再会した彼らは…。1980年第33回カンヌ国際映画祭で、脚本賞を受賞。(作品の詳細はこちら )


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広いテラスにご馳走が用意されたブッフェスタイルの夕食に、大勢の人々が招待されて集まった。5つのエピソードに登場する5人は、旧知の仲なのか、ここで初めて顔を合わせたのか、説明がない。が、そんなことはあまり意味がない。イタリア人は初対面でも、すぐに仲良くなる天才だから。5人のエピソードがどれもこれも冴えず、まさしく中年のオヤジにありがちなことばかり。中でもスランプに陥った映画の脚本家Enricoや拒食症で鬱のSergioは、病的ですらあり、他人事だから笑えるものの、これが家族だったら頭を抱え込んでしまう事態だ。


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ローマに住む中産階級の人々の堅実な暮らしぶりは、贅沢さえ言わなければそこそこ幸せなはずなのに、誰も彼もが何か割り切れない思いを抱えている。自分の人生は、こんなはずではなかった。もっと上を目指すことだってできた。ああ、若いあの頃はよかった。そんなノスタルジーに満ちた中にも、ほんの少し気持ちを切り替えれば、またいいことがあるさ。というような、現状を受け入れて行こうとする姿勢が垣間見えてくる。にわか雨が降ってきて、人々がテラスから部屋に駆け込むラストシーン。白いグランドピアノを囲んで、皆が歌う。こんな暮らしだって、悪くないじゃないか、と言わんばかりに。因みにこの作品でJean-Louis Trintignantは、娘と共演している。


by amore_spacey | 2017-09-03 00:10 | - Italian film | Comments(0)

特別な一日 (Una giornata particolare)

ネタばれあり!

私のお気に入り度 ★★★★☆ (90点)

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【あらすじ】 1938年5月のローマ、第2次世界大戦前夜、Mussolini政権下のローマをHitlerが正式訪問する、イタリアにとって歴史的な記念式典の日。6人の子育てに追われるMussolini信奉の主婦Antonietta(Sophia Loren)は、これまた盲目的にMussoliniに傾倒する夫や子どもたちを式典に送り出した。山ほどある家事を片付けるのに忙しいというのに、飼っていた九官烏が逃げ出してしまう。これがきっかけで、同じ高層アパートの向かいの建物に暮らすGabriele(Marcello Mastroianni)という男と出会った。そして2人は特別な関係を持つのだが…。(作品の詳細はこちら


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Marcello Mastroianni1人祭り。ローマを訪問したHitlerと、彼を熱狂的に迎えるBenito Mussoliniやイタリア国民のニュース映像が、オープニングでかなりの時間を割いて流れる。ハーケンクロイツの旗とイタリア国旗が翻る祝福ムードのこの日は、イタリア人にとって特別な1日だったが、Antoniettaにはいつもと同じ1日になりそうだ。世間から取り残され、満たされない孤独な日々を送る平凡な主婦に、一体何があるというのだ?

同性愛者のGabrieleは、「夫・父・兵士でない男は、男ではない」と唱えるMussoliniのファスシト政権下で、アナウンサーの仕事を追われ、世間から蔑(さげす)まれ、虐(しいた)げられてきた。いつサルデーニャに送られるのか?不安と孤独の中で、官憲から逃れるようにひっそり暮らしている。


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この2人は結局結ばれるのだが、燃えるような愛ではなく、互いを労わり傷を舐めあうような、憐憫に近い哀しい愛だった。Gabrieleが『三銃士』の本を持って訪ねて来たときから、Antoniettaは何かを期待していた。けれども屋上の洗濯干し場で彼と話しているうちに、今朝自分の心をよぎった愚かな考えを恥じ、「やっぱり男はみんな、オオカミなのよ!」と吐き捨てる。

同性愛者として負い目のあるGabrieleの胸に、その言葉は刃のように突き刺さった。異性と恋愛し結婚し子どもをもうけて家族を作ることが、真っ当な人生とみなされる時代の中で、存在価値のない自分に絶望している。彼自身がそうした自分を嫌悪し、受け入れられなかった。でも明日サルデーニャに連行される前に、せめて世間一般の男が経験するように、女と結ばれてみたい…という儚い願望があったに違いない。


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束の間の情事のあと、Gabrieleの背後から、「また来週会える?」と、淡い期待を抱きながら、何気なく聞くAntonietta、それに答えられず硬直した顔の彼。残酷なシーンだ。屋上の洗濯物干し場から関係を持つに至るまでの、彼らの感情の起伏や気持ちの変化が、痛いほど伝わってくる。ただ同性愛者のMarcelloという設定が…ね。演技だけでなく、身につける物などディテールに拘り、精一杯それらしく見せてはいるが、ゴメン!ピンと来なかった。そこだけ微妙で残念だった。


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ラストシーン。夕食後の片づけをすませ、静まり返った台所の窓際でGabrieleが持ってきた本を読むAntonietta。ふっと窓越しに目をやると、Gabrieleが2人の男に連れられて出て行く。彼が2度とここに戻って来ないことを、彼女はたぶん知らない。本を置いた彼女は、家の灯りを1つ1つ消しながら、夫が眠る寝室に向かい、ベッドにそっと滑り込んで部屋の灯りを消す。誰にとっても特別な1日が、静かに終わろうとしている。そしてうんざりするような明日が、またやってくる。

でもAntoniettaは、それを乗り越えることができる。九官鳥や砂のオモリのついた台所の灯りやボタンで描いたMussoliniの絵を見るたびに、コーヒーミルや『三銃士』の本を手にとるたびに、屋上の洗濯物干し場に行くたびに、Gabrieleのことを、あの特別な1日のことを思い出し、束の間の幸せをかみしめる。他人にはどうでもよい出来事が、Antoniettaをずっと支えてくれるだろう。ファシズムの嵐が吹荒れる中、いくつも生まれては消えていった、市井の人々の小さなドラマ。観れば観るほど、味わい深い。


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この映画に登場するSophiaの6人の子どものうち、娘Maria Luisaを演じているのは、Sophia Lorenの妹とBenito Mussoliniの息子の間に出来た娘Alessandra Mussolini。だからSophiaとAlessandraは、伯母・姪っ子の関係になる。因みに私の姑の叔父は、反ファシストの罪でサルデーニャに送り込まれたが、何年かして戻ってきた。しかも婚約者(市長の娘)を連れて。瑣末なことだけど、Marcelloはここでも『ひまわり』の時のように、慣れた手つきで卵焼きを作っている。そんなに卵が好き?私みたい(笑) マンション管理人のオババは、小柄なのに物凄い存在感がありました。


by amore_spacey | 2017-07-30 00:42 | - Italian film | Comments(2)